既に報道の通り、地元出身の元メジャーリーガー・藤川球児の入団が決まりました。先日はシート打撃に登板。阪神時代、クローザーで活躍していた頃を相手ベンチから見てきた人間としては、ボールそのものは調整段階ではないでしょうか。高知の選手たちも3日間のオフ明けだったことを考えると、いい当たりをされた本数は少なくなかったように感じます。
 入団といっても1試合ごとのスポット契約ですから、練習やいつ投げるかは本人の意向に沿うかたちになります。現状決まっているのは20日の香川・徳島連合チームとのオープン戦での先発。その次は27日の愛媛戸の試合で「投げたい」と本人は言っています。登板に合わせ、高知には2〜3日前に入って練習するスケジュールになる予定です。

 藤川にとっては地元の期待度が高い分、重圧は大きいでしょう。相手は独立リーガー、しかも北米遠征で主力不在ですから、抑えて当たり前。バッタバッタ三振をとる姿をファンは想像しているかもしれません。しかし、彼もレンジャーズを自由契約になり、実戦から離れているだけに、どこまで投げられるかはわかりません。お客さんもたくさん来場するでしょうから、ぜひ華々しい凱旋をしてくれればと思っています。

 藤川の入団以降、その効果について、よく質問を受けます。若い選手が彼から何を学んで効果が出るのか。それは本人たち次第です。たとえば「藤川から打てばバッターは自信になるのでは?」と聞かれても、「1、2打席、出合い頭でヒットが出たくらいで手応えをつかめるなら、リーグ戦では5割打てるはず」と僕は答えます。

 僕の場合、現役時代、相手のエース級を打って、「自信になった」と感じたことは1回もありません。たとえ好結果が出ても、プロは次の対戦がすぐにやってきます。今度はどうやったら打てるのか。そのことを考えるだけで精一杯でした。バッティングは、あのイチローでも10打席に6〜7回はアウトになります。1本ヒットが出たくらいで、自信がつくほど簡単ではないのです。

 仮に、このリーグで藤川からヒットを打って「自信になった」と言う選手がいても、個人的には「認識が甘い」と感じざるを得ません。なぜなら日頃から、彼らが突き詰めてバッティングに取り組んでいるように見えないからです。

 それを痛感したのが前期最終戦後のミーティングです。僕は選手たちにある質問をしました。
「このピッチャーに、何打数何安打か覚えているか」
「前期の打率はいくらだったか」
 残念なことに、まともに答えられた選手はほとんどいませんでした。

 自分の打率や成績に敏感でない選手が、バッティングにこだわりを持てるはずがありません。「このピッチャーからは打てていない」「何打数何安打で、打率3割に乗る」。その認識があるからこそ、どうやって打つかを探究する気持ちが生まれるのです。

 監督に就任して以降、僕はベンチに毎試合、配球チャートを用意しています。このチャートではストライクゾーンを9分割して状況別の球種やコース、結果を記し、ピッチャーの牽制のクセなども書き加えています。

 これを活用して各自で研究すれば、バッティング向上のヒントが見つかります。もし、ストライクゾーンの甘いコースで凡打が多ければ、それは打ち損じの多さを意味します。打ち損じが多いのは狙い球を絞れていないからか、それとも技術的に原因があるのか……。データを踏まえて頭を使わなくてはヒットの確率は高まるはずがありません。

 またチャートに載っている牽制のクセを理解しておけば、もっと相手のスキを突いた盗塁も増えるでしょう。ところが、前期のチーム盗塁数は19個。香川(38個)や徳島(35個)に遠く及びません。こちらが“ディスボール(この球で走れ)”のサインを出さないと走らないし、走れない。これでは俊足が売りと言っても何の意味もないでしょう。

 前期、高知のチーム打率は.233、得点は87点でした。1試合に3点も取れていません。この現状に甘んじていては、NPBなど夢のまた夢です。よく、選手たちは「夢を追いかけて四国に来た」などと発言しますが、夢を語るだけなら誰でもできます。そして、一生懸命練習することも難しい話ではありません。

 本当に大変なのは実際に結果を残すこと。さらに大変なのは、その上でスカウトの評価を受けて、ドラフト指名される選手になることです。夢を現実にするのは簡単ではない。このことをどれだけの選手が真剣にとらえているでしょうか。

 僕自身、現役時代は配球を研究したり、クセを盗んだり、といった作業を人に言われなくても自ら進んでやっていました。それでも実働16年で、生涯打率は.276。プロ野球選手では並の存在です。野球に限らず、実社会で相手のことを知らずして仕事はしないでしょう。初めての相手であれば、なおさら、どんな人か知りたいと調べたくなるはずです。こちらが当然と感じていることを、「ここまでしなくてはいけないのか」と思っている選手が多い気がしてなりません。
 
 後期までのインターバル期間中、選手たちには前期のチャート集計データを順番に回覧させています。これを見て、どれだけ各自が真剣に勉強するか。もし、その姿勢が見られないようなら、このチャートは無用の長物です。後期からは作成をやめるかもしれません。

 後期に向けてピッチャーに関しては、外国人を2人ほど補う方向で話を進めています。野手は蔣智賢林哲瑄の台湾人2人が帰国し、最悪の場合、そのまま台湾球界に戻ってしまう可能性があります。クリーンアップが抜けるとなれば、大きな痛手です。

 後期の陣容は7月になってみないとわかりませんが、ピッチャーであれば、いかに点を与えないか、バッターなら、いかに点を取るかを、もっと追求してほしいと感じています。前期は2位になれるチャンスを逃しての最下位でした。この現実を踏まえて、選手がどれだけ意識を高めてくれるか。まずは藤川から何かを学びとれる段階の選手に成長してもらいたいものです。

弘田澄男(ひろた・すみお)プロフィール>:高知ファイティングドッグス監督
 1949年5月13日、高知県出身。高知高、四国銀行を経て72年にドラフト3位でロッテに入団。163センチと小柄ながら俊足巧打の外野手として活躍し、73年にはサイクル安打をマーク。74年には日本シリーズMVPを獲得。75年にはリーグトップの148安打を放つ。84年に阪神に移籍すると、翌年のリーグ優勝、日本一に貢献した。88年限りで引退後は阪神、横浜、巨人で外野守備走塁コーチなどを歴任。06年にはWBC日本代表の外野守備走塁コーチを務め、初優勝に尽力した。12年に高知の球団アドバイザー兼総合コーチとなり、14年より監督に就任する。現役時代の通算成績は1592試合、1506安打、打率.276、76本塁打、487打点、294盗塁。ベストナイン2回、ダイヤモンドグラブ賞5回。

(このコーナーでは四国アイランドリーグplus各球団の監督・コーチが順番にチームの現状、期待の選手などを紹介します)


◎バックナンバーはこちらから