全世界を惹きつけた5月2日のフロイド・メイウェザー対マニー・パッキャオは興行的な意味では大成功に終わった。
 ペイパービューの購買数はなんと約440万件以上に達し、イベント全体の総収益は5億ドル超。結果として、メイウェザーは2億ドル以上のファイトマネーを受け取ることになった。試合自体が山場に欠けたのは残念ではあったが、それでも現代の“世紀の一戦”は今後も永く語り継がれていくに違いない。
(写真:メイウェザーの次戦もMGMグランドガーデン・アリーナで行なわれることが濃厚だ)
 その試合の直後、メイウェザーは次戦を9月12日に行なうことを早々と宣言していた。一部ではしばらく休養することを予想する声もあったものの、今のところはShowtime/CBSとの6戦契約の最後の1戦をプラン通りに挙行する方向の模様である。

 メイウェザー本人が“現役最後のファイト”と宣言するこの試合(結局は次戦後も現役続行を予想する見方が圧倒的だが)。向こう1カ月の間には発表されるであろう、その相手が誰になるか予想を巡らせてみたい。

アミア・カーン(イギリス/元WBA、IBF世界スーパーライト級統一王者/31勝(19KO)3敗)

 約1年前同様、現時点で“本命”と目されているのは英国の雄、カーンである。
 メイウェザー戦を熱望しながら、過去2年はマルコス・マイダナ、パッキャオに先を越されてなかなか実現できていない。しかし、この1年の間にデボン・アレクサンダー、クリス・アルジェリを連破して実績を積み重ねた。

 スピーディで魅力的なスタイルと甘いマスクを併せ持ち、アメリカでの知名度も高まっているのは好材料。敬虔なイスラム教徒だが、ラマダーン後の9月の対戦も問題ないと明言している。イギリスのテレビ局のプッシュのおかげで、米英スター対決は国際色豊かなイベントになるはずだ。

「アミア・カーンがフロイド・メイウェザーと戦いたがっていることは誰もが知っているはずだ。メイウェザーこそがチャンピオン。実現させようじゃないか」
 5月29日に行なわれたアルジェリ戦後、カーン本人はリング上でそう語ってアピールしていた。このアルジェリ戦でやや苦戦したことも、リスク回避に熱心なメイウェザーにむしろ“好印象”を与えているかもしれない。
(写真:メイウェザーに対するカーンの”片想い”は報われるのか)

 カーンの打たれ脆さは有名で、実際に戦えばメイウェザーの久々のKO勝利も十分にあり得る。パッキャオ、サウル・“カネロ”アルバレス以外では最も多くのカネを生み出すオプションのひとつだけに、カーンが切望するメイウェザーへの挑戦権をついに手に入れる可能性は低くない。

 ただ……2014年も今と同じように絶えず有力候補として名前が挙がりながら、カーンは結局は“落選”している。押し出されるように再び第1候補になっているが、自身への熱烈な片想いを隠さないこのスピードスターを、メイウェザーはいつでも利用できる“プランB”として考えてきた印象もある。今回はどんな結果が出るか、最後まで予断を許さない。

エイドリアン・ブローナー(アメリカ/元世界3階級制覇王者/30勝(22KO)1敗1無効試合)

 そのスタイル、キャラクターから“メイウェザーの後継者”と目された時期もあったブローナーだが、近況は必ずしも芳しくない。
 ウェルター級転級2戦目でマイダナに判定負けを喫すると、以降は1階級下のスーパーライト級で3連続判定勝利。昇級によってフィジカルの強さ、パワーの効果が目減りし、台頭してきた頃のような支配的な強さは影を潜めている。現状でタイトルホルダーでもなく、メイウェザー戦は希求力に乏しいのは事実だ。

 ただ、この25歳は今週末に重要なテストマッチを控えている。6月20日、ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで同じオハイオ出身の元IBF世界ウェルター級王者、ショーン・ポーターとノンタイトル戦を行なうのだ。
(写真:ポーター戦はブローナーにとっての“審判の時”だ)

 地上波NBCで土曜日夜に全米生中継されるファイトは、それなりの注目を集めるはず。ポーターはスーパーウェルター級出身であるにも関わらず、ウェルター級以下の144パウンド契約ウェイトでの対決になった。そんな背景から、この一戦はブローナーをスター街道に戻す目的で組まれたようにも見えてくる。

 ここで印象的な形で勝てば、元風雲児は話題性を取り戻せる。破天荒なキャラクターはもともとテレビ受けするだけに、ポーター戦後、ブローナーがメイウェザーにとって美味しい標的に再浮上することは十分に考えられる。

ケル・ブルック(イギリス/IBF世界ウェルター級王者/35勝(24KO)0敗)

 現実的に対戦が考えられる中で、メイウェザーにとって最も厄介な相手は“スペシャルK”と呼ばれるこのイギリス人王者かもしれない。
 昨年8月、ポーターを明白に下してIBFタイトルを奪い、2連続KO防衛に成功。すべての要素を平均以上で備えている万能派ボクサーファイターで、相手に警戒を促すパンチ力もある。実力はカーン、ブローナーよりも一枚上で、メイウェザー戦も高度な技術戦となることが濃厚。29歳と年齢的にも全盛期だけに、38歳になったメイウェザーにとって楽には勝てない選手に違いない。

 所属するマッチルーム・スポルトの選手とメイウェザーのアドバイザーであるアル・ヘイモン傘下のボクサーはこれまで数多く対戦の実績があり、マッチメーク面でも特に支障はない。だが……ブルックの問題は、アメリカでの知名度がまだ高いとはいえないことである。

 ブルック対メイウェザー戦はイギリスでこそスーパーファイトでも、アメリカ内での商品価値は対カーン以下。それでいて、よりハイリスクの一戦をメイウェザーが積極的に望むとは到底思えない。結論として、この試合の早期実現は考えられず、あるとしてもブルックが実績を積み重ねた来年以降ではないか。

キース・サーマン(アメリカ/WBA世界ウェルター級王者/25勝(21KO)1無効試合)

 フロリダ州出身のカラフルなボクサーパンチャーは、ここ数年の間、徐々に実力への評価を高めてきた。身体能力、パワー、スキル、キャラクターを備えており、次期スター候補と見る関係者も多い。
(写真:スター性豊富なサーマンも魅力的なオプションではある)

 今春から新シリーズ「プレミア・ボクシング・チャンピオンズ(PBC)」をスタートさせた強力アドバイザー、アル・ヘイモンも、このサーマンをPBCの目玉のひとりとして考えている節がある。

 3月7日に催された第1回のNBC興行のメインイベント(ロバート・ゲレーロに判定勝ち)に抜擢され、7月11日にはESPN版のPBC第1回でルイス・コラーゾと対戦予定。全米的に露出するシリーズで良い勝ち方を続ければ、“サーマン株”はさらに高まるに違いない。

 もっとも、コラーゾ戦から9月12日までは間がないだけに、メイウェザーの次戦の相手になるには準備期間的に厳しい。そして何より、大事な新シリーズの主役にしたいと目論んでいる選手を、ヘイモンが、この時期にメイウェザーにぶつけるとは少々考えにくいのも事実である。

 サーマン本人は早々のビッグファイトを望んでおり、マッチメークにフラストレーションを感じているとの情報もある。しかし、もうしばらくはPBCの顔役として地道に自身の商品価値を高めることになりそうだ。

ミゲル・コット(プエルトリコ/WBC世界ミドル級王者/40勝(33KO)4敗)
ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/WBA同級スーパー王者、WBC同級暫定王者/33勝(30KO)0敗)
アンディ・リー(アイルランド/WBO同級王者/34勝(24KO)2敗1分)
ダニエル・ジェイコブス(アメリカ/WBA同級王者/29勝(26KO)1敗)

 これまで挙げた4人の誰をメイウェザーが次戦の相手に選んでも、PPV購買数は100万件前後が精一杯だろう。パッキャオ戦の試合内容は多くのスポーツファンを落胆させただけに、その反動で今後はビジネス的には苦戦するという見方も少なくない。

 そんな状況下で、インパクトのあるカードを組むにはどうすれば良いのか。最も手っ取り早いのは、6階級制覇を狙ってミドル級に進出することだろう。ウェルター級でも小型サイズのスピードスターが、38歳にしてミドル級を制すれば、キャリアに新たな勲章が加わることになる。

 ただ、具体的にそのターゲットを考えると、選択の余地は乏しい。メイウェザー対ゴロフキンのドリームマッチを望む声も聞こえてくるが、これは、あまりにもリアリティに欠ける。スーパーミドル級での試合も視野に入れているゴロフキンはメイウェザーには危険過ぎる上に、それぞれHBO、Showtimeと独占契約を結んでいるため、交渉面でもハードルが高過ぎる。
(写真:ひと回り大きく、危険過ぎるゴロフキンとの対戦をメイウェザーが望むとは考え難い)

 同じく下の階級出身のコットは一見すると絶好の相手に思えるが、HBOの差し金によって、コット対アルバレスの中南米ライバル対決が秋に挙行されることがすでに内定している。たとえ、この試合の最終交渉がこじれたとしても、コットが新たに契約を結んだロックネイション・スポーツを率いるJay-Zと、ヘイモンは不仲だけにマッチメークは難しいのが現実だ。

 可能性があるとすれば、ヘイモン契約選手のジェイコブス、ヘイモンと関係が深いルー・ディベラ傘下のリーへの挑戦くらい。しかし、この2人はタイトルホルダーであっても格的にやや落ちるし、ジェイコブスは8月1日にセルジオ・モーラと次の防衛戦を行なうことが決まっている。

 こうして見ていくと、現実的に次戦でのメイウェザーのミドル級挑戦は難しそう。年齢を考えれば、将来的にもこれ以上の昇級はないと考えるのが妥当かもしれない。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


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