7月に入って最初のゲームを勝ち、ヤンキースはア・リーグ東地区でオリオールズと同率首位に立っている(2日現在)。今季開幕前の前評判を考えれば、シーズンもほぼ半ばのところでそんな位置にいることは上々の結果と言えるかもしれない。
(写真:ジーターが抜けて1年目の今季、野手はまずまず)
“悪の帝国”などと呼ばれた時代も今は昔。ニューヨークポスト紙のケン・デビッドフ記者が最終成績を78勝84敗と大胆予想したのを始め、やや層が薄くなったヤンキースは今季もプレーオフ進出を逃すと見る関係者が多かった。

 しかし、アレックス・ロドリゲス(打率.280、15本塁打)、マーク・テシェイラ(19本塁打、54打点)らベテランが意外に活躍し、生え抜きのブレット・ガードナー(打率.304、9本塁打、15盗塁)も好調。8回までリードしたゲームでは40戦全勝(昨季は69勝2敗)とブルペンが安定しているのも大きく、大方の予想を上回るペースで勝ちを重ねてきた。

「私たちの属する地区は大混戦。シーズン終盤まで争いが続くだろうね」
 ジョー・ジラルディ監督がそう語る通り、ア・リーグ東地区はなんと4チームが1ゲーム差内にひしめく激しいレースとなっている。ヤンキースも連勝と連敗を繰り返す波の大きさが難点だが、他に突っ走りそうなチームは存在せず、このまま後半戦まで戦線に残る可能性はありそうだ。

 ただ、もちろん長い目での懸念材料は少なからず存在する。今季中に予想外の地区優勝を狙うとすれば、最大の鍵はやはり先発投手陣になるのではないか。
 6月を終えた時点でのヤンキース先発投手の平均防御率4.43はア・リーグ13位(彼らより悪いのは4.43のインディアンス、4.71のレッドソックスだけ)。合計被安打493本はリーグ最多で、被打率.276はワースト2位。正直、優勝を争えるチームの数字には見えない。

 マイケル・ピネダ(8勝5敗)、ネイサン・イオバルディ(8勝2敗)は勝敗だけ見れば上質に見えるが、防御率はそれぞれ4.08、4.52とエース級の成績ではない。6月に故障者リストから復帰して以降は好調だった田中将大も、過去2試合連続3被本塁打とまさかの大乱調。CCサバシアに至っては、3勝8敗、防御率5.59とキャリア最悪級の不振に陥っている。
(写真:田中のグッズはファンには人気。シーズン終盤に活躍し、2年目に評価を高められるか)

「故障上がりの選手が多いし、(メジャーのローテでは)経験不足の投手もいる。原因ははっきりとは分からないが、それらが響いているのではないか」
 先発陣の不安定な理由をジラルディはそう分析する。確かにサバシア、ピネダ、田中、イバン・ノバは揃って故障明けで、新加入のイオバルディは1年を通じて働いた実績は昨季だけ。そんな陣容であるがゆえに、パフォーマンスが今後に向上するかを予測するのは極めて難しい。


「“If”クラブへようこそ。もしも田中将大の右腕が持ちこたえたら、CCサバシアが2011年の状態に戻ったら、マイケル・ピネダが健康を保ったら、(先発5番手の)アダム・ウォーレンが成長したら……」
 開幕前、『スポーツ・イラストレイテッド』誌のシーズン展望号には某球団スカウトのそんな意見が載っていた。そこで名前が挙がった中では、ウォーレンこそ期待に応えたが(注:ノバの復帰後にブルペン行き)、それ以外はすべてミステリーのまま。ヤンキースの今後は、依然として“If”の行方に委ねられていると言ってよい。

 中でもポイントになるのは、34歳の元サイ・ヤング賞左腕サバシアの処遇だろう。加齢からか真っすぐの球速が低下したサバシアは、今季15先発で19被本塁打と一発病気味。もともと夏場に強い投手だが、6月も6試合に投げて1勝1敗、防御率5.45ともうひとつだった。
(写真:2011年まで3年連続19勝以上の剛球左腕も、今では丁寧にかわす軟投派になった Photo By Kotaro Ohashi 2014年撮影)

「(サバシアのローテ落ちは)現時点では考えていない。不調を乗り越えるために出来る限りのチャンスを与えて行くつもりだ」
 ブライアン・キャッシュマンGMはそう語っているが、その背景には今季2300万ドル、来季は2500万ドルという元エースの高年俸があるはずだ。これだけの額を払っている以上、簡単には外せない。6月29日のエンジェルス戦では7回1/3を投げて4失点とまずまずだったサバシアの再生を、首脳陣は祈るような気持ちで待っているに違いない。

 しかし、このまま不調が続けば何らかの手段を講じないわけにはいかない。一昨年まで5年連続14勝以上を挙げた功労者を一時的にでもローテーションから外す勇気があるかどうか。もしもサバシアをブルペンに送る決断をした場合、あるいは他に故障者、不振の投手が出てきた場合、穴埋めはどうするのか。

 そのときには、3Aで防御率1.73と支配的な投球を続けるトップ・プロスペクト、ルイス・セベリーノの登用もあり得ない話ではない。7月下旬のトレード期限までに、コール・ハメルズ(フィリーズ)、ジョニー・クエト(レッズ)、ジェフ・サマージャ(ホワイトソックス)らを思い切って獲得する手もある。現実的にはハメルズ、クエトのような大物のゲットは難しくとも、昨季はシーズン中にチェイス・ヘッドリー、ブランドン・マッカーシー(現ドジャース)、マーティン・プラド(現マーリンズ)、クリス・ヤングらを効果的に補強したキャッシュマンが、何らかの手を打ってくることは十分に考えられる。

 全体のバランスではヤンキースはア・リーグ東地区内でもトップで、ジャコビー・エルスベリー、アンドリュー・ミラーといった主要なケガ人も間もなく戻ってくる。高レベルとは言えない地区内で、優勝のチャンスは十分にある。それだけに、トレード期限までの向こう1カ月、さらにウェーバー移籍期限の8月末までのキープレーヤーたちのプレーは気になるところだ。
(写真:トミー・ジョン手術から復帰したノバの貢献も重要だ Photo By Kotaro Ohashi 2014年撮影)

 2年連続プレーオフ逸という屈辱を味わった“元・悪の帝国”が、低い前評判を覆してポストシーズンの舞台に邁進――。逆襲ストーリーは新鮮で、今後の展開も興味深い。そんな名門復活のために不可欠な先発投手陣の整備を成し遂げるべく、故障上がりの投手たちの復調ぶり、さらにはフロントの決断に、もうしばらくは注目しておきたいところである。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

※杉浦大介オフィシャルサイト>>スポーツ見聞録 in NY


◎バックナンバーはこちらから