パワーショットを売り物にする車いすテニスプレーヤー眞田卓にとって利き腕の肩にメスを入れることは大きな賭けだった。「できれば手術は避けた方がいい」。そう耳打ちする者もいた。
 成功率の高い手術とはいえ、その保証は100%ではない。リハビリという苦闘も待っている。

 それでも、2013年1月、手術台に身を委ねたのは、自らのモットーに忠実でありたいと考えたからだ。現状打破――。迷った時、ここにいるべきなのか、とりあえず一歩踏み出すべきなのか。彼は常に後者を選択する。

「正直に言えば、手術の結果次第では、今よりも悪くなる可能性だってあった。でも、何もしないで、ずっと不安を持ち続けながらプレーしている方がストレスがたまる。何もせずに悩んでいるよりは、何か行動してから次のことを考えよう。昨日よりは今日、今日より明日。常に成長している自分でありたいんです」

 車いすテニスの世界には「絶対王者」と呼ばれる日本人プレーヤーがいる。パラリンピック3大会連続金メダリストの国枝慎吾だ。世界ランキング1位。国内で、その国枝を追うのが世界ランキング8位の眞田である。

 しかし国技の壁は高く、厚い。本人によれば「5、6試合戦って、まだ一度も勝ったことがない」。技術、メンタル、経験…。30歳は「すべてにおいて対等には戦えていない」と唇を噛む。

 昨秋のアジアパラ競技大会では決勝で相まみえた。結論から言えば国枝の完勝だった。この試合を取材した斎藤寿子氏は<6−3、6−1というスコアは地力の差以上に、2人の間にある経験値の差が生み出したものだった>と書いている。

 センターコートでの前の試合が長引き、試合開始が約5時間遅れた。「海外ではよくあることだったのでストレスを感じなかった」とサラリと言ってのけた国枝に対し、眞田は「気温が下がり、環境の変化に対応できなかった」と経験不足を敗因にあげた。

 リオまでに、この差を縮めるのは容易ではない。ロンドンパラリンピック後に、肩にメスを入れるという決断をしたのも、大舞台を見据えてのものだった。眞田にとって現状打破とは、終わりなきマインド・イノベーションの謂である。

<この原稿は15年8月26日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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