21日現在、セ・リーグ打率部門で首位を独走中の内川聖一(横浜)。残り20試合を切り、いよいよ初のタイトル獲得も現実味を帯びてきた。ドラフト1位で指名され、期待されながらも昨季まではなかなかレギュラーの座を掴むことができずにいた内川。果たしてどのようにして今のバッティングにたどり着いたのか。当サイト編集長・二宮清純がその真相に迫った。
二宮: 高校生でドラフト1位に指名されました。ドラフト前には大学進学も考えていたようですが、だいぶ悩んだのでは?
内川: 確かに「こんなんで大丈夫かなぁ」という不安はありました。高校の時は、プロよりも甲子園に対する思いの方が強かったんです。ずっと甲子園を目標にやってきて、最後の夏は県大会の決勝で負けてしまった。僕にとっては目標を満足に達成できなかった初めての経験でした。でも、だからこそ「プロに入って勝負したいな」という気持ちがわいたんです。

二宮: 実際に入団してプロのキャンプに参加してみてどうでしたか?
内川: それまでサインプレーだとかバントシフトだとか、細かいプレーをやったことがなかったんです。だから、そういう頭を使ったり細かいことを考える野球にすごくとまどいましたね。

二宮: プロのピッチャーのボールに対してはどうでしたか?
内川: 思ったよりもとまどいはありませんでした。自 分の中で「最初は打てないだろう」と気楽な気持ちで入りましから、それほど打つほうに関しては苦労したという感じはないですね。

二宮: 2年目から1軍の試合に出るようになりましたが、最初はショートでした。途中からセカンドに転向されましたね。
内川: はい。3年目くらいからセカンドもやるようになりました。当時は石井琢朗さんが全盛期だったということもあって、試合に出るためにはセカンドもやっておけと言われたんです。ただ、ショートでずっとやってきた人間だったので、セカンドではスローイングにすごく苦労ました。
 普段、野球教室では子どもたちに「キャッチボールが一番大事だよ」と言っているのに、その僕が送球することもままならないというのはプロとしてどうなんだろうな、って悩んだ時期もありましたね。

二宮: 誰かに相談はしたのですか?
内川: 周りからいろいろなアドバイスをもらいました。でも、逆効果でしたね。というのも、それまで投げることに関して何も不安をもったことがなく、ピュッと腕を振れさえすればよかった。それを指先の感覚だの何だのと細かいことを言われて、頭で考えれば考えるほど、余計ぎくしゃくしてしまって、わからなくなってしまったんです。

二宮: そういうこともあって、現在はファーストを守るようになったと。
内川: はい。ファーストの前には外野もやりました。ショートで入ってきた人間なので、内心はショートをやりたいという気持ちはあります。でも、そこは割り切るようにしています。

二宮 入団4年目ではホームラン17本打っていますね。
内川: 当時はM社製の飛ぶボールに替わった1年目だったので、それで得した部分はあったと思うんです。それでも17本打てたっというのは自信にはなりましたね。

二宮 その頃はまだポイントは前で打っていたんですか?
内川: はい、そうです。

二宮 前にポイントを置くと、レフト方向に飛ぶことは飛びますよね。ただ外角がもろくなったりします。それでも2割8分7厘打ってるんですから、やはりバッティングセンスがあるんでしょうね。
内川: どうなんですかねぇ。自分ではよくわかりませんが、当時はただ勢いでやっていたという感じですね。「やらなくちゃ、やらなくちゃ」と、がっついてやっていました。

二宮 6年目には最多の124試合に出場しました。これだけ試合に出たというのは、自信になったのでは?
内川: そうですね。もともとケガなどで、自分で自分のチャンスをつぶしてきたことが多かった。124試合出場という実績をつくることができて、何かが変わってくるのかな、という感じはありました。

二宮 ポイントを後ろに移し始めたのは、いつからですか?
内川: 本当に意識し始めたのは今年からですね。春のキャンプではコーチにスローボールを投げてもらって、それをひきつけて強い当たりを打つ練習を毎日しました。マシンを使っての速いボールというのは、勢いがあれば打てるんです。それよりも人が投げてくれる遅いボールを打つことの方がずっと難しい。

二宮 緩いボールほど技術がいる。きちんとフォームができていないと打てませんよね。
内川: はい、そうですね。

二宮 落合博満監督も現役時代、そういうことやっていました。
内川: 中日の和田一浩さんもキャンプ中はカーブマシンしか打たないんだそうです。それを聞いて、遅いボールを強く打つということがどれだけ大変なのかが改めてわかりました。

二宮 今年は完全に自分のバッティングを見つけたという感じですか?
内川: そうですね。自分の中でコツみたいなものが見えてきました。バッティングってつかんでははなし、つかんでははなしの繰り返しだと思うんです。だから、なるべくはなさないようにしたい。そういう自分の感覚の中で大事にしたいものが見つけられたかなと感じています。


内川聖一(うちかわ・せいいち)プロフィール>
1982年8月4日、大分県出身。父親が監督を務めていた大分工に進学。1年時には骨膿腫を患うも、3年間で通算41本塁打をマーク。2001年、ドラフト1位で横浜に入団した。今年はプロ入り初めてレギュラーに定着し、現在はセ・リーグの打率トップを誇る。初出場のオールスターでは5打席連続安打をマークし、マツダ・ビアンテ賞を獲得した。184センチ、82キロ。右投右打。


<小学館『ビッグコミックオリジナル』10月5日号(今月20日発売)の二宮清純コラム「バイプレーヤー」にて内川選手のインタビュー記事が掲載されています。そちらもぜひご覧ください!>