「プロでもスライダーはよっぽどでない限り打たれないですよ」。新人らしい威勢のいい声を挙げたのは東北楽天から4巡目に指名された井上雄介投手(青山学院大)だ。入団会見の日、野村克也監督から早速言われたのは落ちるボールの習得。彼のスライダーをいかも殺すも、縦のボール次第ということだろう。本人もそれを十分に理解している。果たして、井上投手は自分をどのように分析し、何を課題としているのか。
―― 楽天から4巡目に指名されたことについて。

井上: 素直に嬉しかったですね。楽天はこれからのチームだと思います。その中で自分も力になれればと思っています。入団会見の時に野村監督に挨拶をしに行くと「自分は何が得意か」という質問がありました。「スライダーとカットボールです」と答えると「じゃあ、フォークとか落ちる系のボールを練習しておけ」と言われました。「プロではゴロを打たせることが一番大事だから」と。

―― それ以外に課題点は?

井上: コントロールですね。これまで大学で活躍していたのに、プロで通用しなかった人を見ていて、何が原因なんだろうって考えた時、勢いだけで通用していた大学時代と違い、プロでは見極められて苦しんでいるのではないかと。だから、コントロールが一番大事なんだなと感じたんです。スライダーはよっぽどでない限り、打たれないという自信があります。でも、今まではそれだけで抑えられましたが、プロではいかにそれをいかすボールを投げられるかだと思うんです。カーブにしろ、フォークにしろ、まっすぐにしろ、やっぱりコントロールですね。

―― メンタル面は強い?

井上: 態度はでかいです(笑)。でも、ナイーブですよ。何かとプレッシャーを感じて、すぐに胃腸が痛くなります(笑)。でも、他の人にはわからないみたいです。マウンドでも自分はメチャメチャ緊張しているのに、「緊張していないね」ってよく言われるんです。それと、自分自身をよく理解はしていると思います。例えば、僕の好きな選手はノーラン・ライアンみたいな真っすぐでグイグイ押すタイプなんです。自分もそういうピッチャーに憧れを抱いています。でも、自分はそれではゲームには勝てない。自分はあくまでもスライダーで勝負するピッチャー。だから、たとえ気持ち的には真っすぐを投げたくても、実際にはスライダーを投げなくてはいけないんです。勢いだけじゃなくて、自己分析を冷静にできるのは自分にとって一つの武器だと思っています。

―― 性格は?

井上: 人の話をあまり聞かない方ですね。すぐ右から左に抜けていくんです。でも、自分が興味を持ったことについては、とことんやらないと気が済まない。本でも一度読み終わったら、また読み返すんです。その本に何が書いてあるのかを説明できるくらい、みっちりと。だから一冊読み終わるにものすごく時間がかかってしまうんです。

 松本親子との出会い

 小学2年から野球を始めた井上投手。高校まではピッチャーよりもバッターとしての楽しさの方が大きかったという。大学からピッチャー一本に絞ったきっかけとは何だったのか。そして4年間でどんな成長を遂げたのか。

―― 大学でピッチャーに専念した理由は?

井上: 打つことが好きだったので、どちらかというと大学でもバッターとしてやりたいという気持ちでいたんです。実は大学がDH制だということを知らなかった。だから入学前はこれまで通りかけもちできるかなと。ところが、初めて監督に挨拶に行くと「DH制だからピッチャーに専念してほしい。バッターとしてではなく、ピッチャーとしてのお前を買っている」とはっきりと言われました。そのときは正直ショックでしたね。でも、すぐに気持ちは切り替えられました。そしたらピッチャーに専念するほうが楽しくなりましたよ。今までバッティングに費やしていた時間を、トレーニングやケアする時間にあてられたことも大きかったですね。

―― 高校時代の自分との違いは?

井上: 高校時代から松本吉啓監督には「自分で何が必要かを見つけてやりなさい」と言われていました。でも、高校の時は常に監督さんがサポートしてくれていた。ところが、大学に入った途端に自分でやらなければならなくなったんです。青学は練習環境はすごく整っていたので、それをいかに自分が利用できるかだと思いました。1年目、2年目はなんとなくでしたが、3年生頃になると時間をうまく使えるようになり、自分にとって何が必要かを的確に考えられるようになりました。例えばケガ。この4年間でたくさんケガをしましたが、なぜケガをしてしまったのか。どうしたらケガをしないで済んだのかということに対して細かく把握できるようになってきたんです。その点で一番の成長を感じています。

 運命とはわからないものだ。そして、実におもしろい。中学、高校と井上投手の前にはいつも松本啓二朗選手(早稲田大)がいた。エースはずっと松本選手だった。その松本選手は大学ではバッターに転向。一方、いつも2番手だった井上投手はエースとなった。そんな不思議な縁をもつ松本選手に対して、井上投手はどんな気持ちを抱いているのだろうか。

―― 中学、高校と同級生の松本選手は横浜に指名された。

井上: 実はこの間も会ったばかりなんです。実家がそれほど遠くないので、球団のそれぞれの合同自主トレまで一緒に練習しようかと話をしました。

―― 松本選手の存在とは?

井上: う〜ん、よく聞かれるんですけど、難しいんですよねぇ。“永遠のライバル”とも違いますし……。周りに言われるほど、特に彼を意識しているわけではないんです。ただ、彼のお父さんが千葉経大付の監督ということも含めて、彼が中学2年の時に引っ越しをしてこなければ、自分の野球人生はこうはなっていなかっただろうなとは思います。自分の人生の流れを変えてくれました。松本に対してどうとかではなく、あの親子に出会ったことが自分にとってかなりプラスになったとは思っています。

―― 座右の銘は?

井上:「為せば成る」です。これは高校の松本監督がいつも言っていた言葉なんですよ。

―― プロではどんな選手に?

井上: せっかく試合を観に来ていただくのですから、お客さんには最高のパフォーマンスを見せられるように、常に準備していこうと思っています。そして、自分のピッチングを見て、何かを感じ取ってもらえるような選手になれれば、プロとして一番嬉しいですね。

 楽天といえば、ID野球の達人である野村監督の存在が何よりも大きい。「今、流さない汗はいつか涙として流れる」という野村監督の言葉が印象に残っているという井上投手。プロ野球界を代表とする名匠の下で、プロとしての技を磨いていく。

<井上雄介(いのうえ・ゆうすけ)プロフィール>
1986年9月5日、千葉県出身。千葉経済大付高では外野手兼ピッチャーとして活躍。3年時には同校初の甲子園出場を果たし、ベスト4進出。青山学院大では、1年春からベンチ入り。今年は全日本にも選出され、世界大学野球選手権で銀メダル獲得に貢献した。「プロでも打たれない」というスライダーが最大の武器。182センチ、85キロ。右投右打。

(聞き手・斎藤寿子)

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