9月24日、ある男からメールが届きました。
「今季限りで引退します」
 メールの主は前田智徳でした。引退発表をする前に、僕に報告してくれたのです。

 前田は本当にかわいい後輩でした。出会いは前田の入団1年目。高卒1年目ながら1軍に上がってきた彼がホテルの部屋に挨拶に来てくれたのが最初でした。それから1軍に定着した彼とは、中日からトレードでやってきた音(重鎮)と一緒に3人でよく食事に行ったりしたものです。

 世間的には孤高のイメージが強い前田ですが、僕のことは“師匠”と呼び、すごく慕ってくれました。個人的には91年、2番・前田、3番・野村謙二郎、4番・西田というオーダーで優勝に貢献できたのは良き思い出です。

 僕の引退後はコーチと選手という関係になりましたが、前田は何でも気軽に話をしてくれました。思い出すのは、主砲の江藤智が巨人に移籍した00年、達川光男監督が「前田を4番にする」とのプランを明かした時のことです。

「師匠、僕は4番タイプじゃありません。違う打順でお願いします」
 達川監督には直接、言えなかったのか、僕には何度もそんなお願いをしてきました。
「現状はオマエしかおらん。頑張ってくれや」

 本人の中では不本意な4番だったかもしれません。でも開幕から彼は打ちまくり、4月の月間MVPに輝いたのです。その後、前田はアキレス腱の状態を悪くしてシーズン後半を棒に振ってしまいましたが、チームのためにきっちり結果を出してくれたことは感謝しています。

 最後も死球で手首を骨折したことが引退の引き金になったように、ケガには泣かされたプロ人生でした。アキレス腱を断裂してからは、「どれだけ冷やすんや」とビックリするほど、試合後は念入りに足をアイシングしていました。それだけギリギリのところで戦いながら、2000本安打を達成したのは本当に素晴らしいの一語です。

 3日の引退試合には残念ながら行けませんが、思い入れのある選手だけに何かプレゼントを送ろうと考えています。でも、花束はいらないでしょう。それよりも前田の好きなものを選んで渡せればと思っています。

 前田は91年の優勝を知る最後の現役選手でした。彼が引退を決意したのも、広島が16年ぶりにAクラスに入り、初のクライマックスシリーズ進出を決めたことと無縁ではないはずです。菊池涼介や丸佳浩といった若手が一本立ちし、長く低迷が続いたカープにも希望の光が差してきました。前田も「これで心おきなく後進に道を譲れる」と感じたのではないでしょうか。

 そんな前田に最高の花道をつくるためにも、ぜひ選手たちには2位を狙ってほしいと思います。マツダスタジアムでCSを開催し、前田が前言を撤回して代打の切り札で試合に出てくれるようなことになれば、広島の街は大いに盛り上がるでしょう。可能性はわずかですが、最後まで諦めず、上の順位を目指してほしいものです。

 引退後は解説者になるとのこと。結構、話はおもしろい男ですから、意外と玄人受けする解説をしてくれるかもしれません。おそらく落合博満さんのような感じになるでしょう。個人的には、いずれは落合さんのように監督にもなって、カープを優勝に導いてほしいと期待しています。

 さて、僕が率いるガイナーズは、徳島とのアイランドリーグチャンピオンシップで初戦、2戦目を落とし、もう後がない状況に追い込まれました。2試合とも先発は試合をつくっているものの、ミスが絡んで決勝点を奪われています。好プレーが出ている徳島とは対照的です。

 特に地元の応援を味方につけなくてはならないホームでの連敗は痛すぎます。注目されている中で本領を発揮するのが本当のプロ。香川は昨年の優勝チームとはいえ、メンバーも入れ替わり、新人や経験の浅い若手も今季の主力になっています。前期で優勝したとはいえ、まだまだ力が足りないということでしょう。

 徳島はキャッチャーの小野知久がいい働きをしていますね。小野は元香川の選手。昨季途中、放出されて徳島に移籍しました。それだけに「見返してやろう」という気持ちがプレーに表れています。リードに成長がうかがえるだけでなく、バッティングでも初戦にリードを広げる2ランを放ちました。間違いなく、このシリーズでキーマンとなっています。

 ホームで2敗し、残り3試合は徳島に乗り込んでの戦いですから、客観的にみてガイナーズは厳しい状況です。ただ、勝負事は最後まで何が起こるか分かりません。とにかく第3戦でひとつ勝てば、流れが変わることを信じて、いい準備をしたいと思っています。

 そのためには2試合でわずか1点に抑えられている打線の爆発が不可欠です。連敗した翌日は全体練習が休みだったにもかかわらず、生田目翔悟や島袋翔伍といった主力がトレーニングをしていました。

「ここまで来たら開き直りだ」
「火事場の馬鹿力に期待」
 追いつめられると、そんなことを言う人がいますが、トップレベルの戦いでは、この発想は通用しません。確固たる技術や入念な準備なくして奇跡を起こすことは不可能です。

 その意味で休日返上で選手たちが練習をしたのは良いことです。彼らの姿勢が実を結ぶよう、僕も4日後の第3戦へ、いろいろと巻き返し策を練っています。その上でプレーボールがかかったら、思い切って目の前のプレーに集中できる状態にしたいですね。

 ひとつでも負ければ、このチームで試合をするのは最後になります。どんな結果になろうとも悔いなく戦い抜きたいものです。

 香川の皆さん、本拠地で勝利をお見せできず、申し訳ありませんでした。その分、徳島ではしっかり暴れてきます。引き続き、応援よろしくお願いします。
 
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