「自分自身、(フリーキックの成功は)メンタルに拠るところが大きいと思う。自分の場合はサイドハーフよりトップ下でプレーするほうが優位に立ちやすい。ボールに多く絡めるし、ゲームに集中して体も頭もよく動くからフリーキック(FK)の調子も上がっていく。

 情報収集ばっかり考えてもうまくいかないときはダメだし、集中しているときは何も考えなくても感覚だけで入ることだってある。だから『今日は“情報収集パターン”なのか“感覚パターン”なのか』見極めることも大切なんだけど、まずはメンタルで相手より上回らなければならない」

 昨年末、横浜F・マリノスの大黒柱である中村俊輔に“FK論”をテーマにインタビューしたことがある。Jリーグ髄一の名手が、技術論よりもメンタルの優位性ばかりに話を持っていったのは実に興味深かった。

 2013年のJリーグが開幕した。3月2日、中村率いる横浜FMはJ2から昇格した湘南ベルマーレとホームで対戦。中村は4-2-3-1のトップ下に君臨し、自在に動いては攻撃になると彼にボールが集まってきた。中村のコンディションの良さは記者席から見ていても分かった。

 34歳ながらとにかく良く動く。昨年は1試合平均で13キロ以上走り、15キロも走った試合もあったとか。チームトップの数値であり、この日も守備のカバーに全力で回っていた。

 ボールに絡んで、ゲームに集中して体も頭もよく動くからFKの調子も上がる――。中村のその言葉をふと思い出したとき、奇しくも彼にFKのチャンスが巡ってきた。

 前半40分、PA外の左でゴールまで約25mの位置。直接ゴールを狙うのは難しい角度で、中村は兵藤慎剛にボールをまたがせてから、左足を振り抜いた。ボールはセンタリングだと思って前に出てきた相手GKの逆を突き、ゴールに吸い込まれた。

 狙っていたのはニア。それが風に乗ってカーブがかかり、そのまま直接ゴールに入ったというわけだ。ただ、これをラッキーの一言で片付けたくはない。メンタルの優位性を保っていたからこそ、ゴールにつながったのだと言える。中村の一発はチームのゴールラッシュの呼び水となり、4-2で開幕戦を飾った。

 昨シーズンのリーグ戦でFKによるゴールは10月27日の名古屋グランパス戦(1-1のドロー)まで待たなければならなかった。しかし、このときの一撃は衝撃的なゴールだった。
 その瞬間は0-1のビハインドで迎えた後半アディショナルタイムに訪れた。トップ下で先発した中村は、ゴール正面やや左、約23mの位置から高速スライダーのようなキックで、左ポストに当てて決めた。口をあんぐりと開けたままのGK楢崎正剛の表情が印象的だった。鋭く曲げてニアポストに当ててゴールする芸当に、あの楢崎でさえも「神業」と唸るしかなかった。

 実は、同じくトップ下でプレーした天皇杯の横浜FC戦(10月11日)でもFKを2発決めていた。右サイドハーフからトップ下という自分の最も好きなポジションに移ったことが、FKの勝負感覚にいい影響を与えていた。それを中村自身も感じ取ったということだ。

 確かに中村の「FK名場面」を振り返ってみると、メンタルの優位性がキーワードとして見えてくる。

 日本代表で言えば、2003年のコンフェデレーションズカップ。ニュージーランド戦で2ゴールを決めた後に臨んだフランスとの一戦が印象的だ。中央やや左の位置で右利きの遠藤保仁が助走してボールをまたいだ瞬間に動いたGKファビアン・バルテズの逆を取って右ポストに当てて決めた。ニュージーランド戦の活躍もあって、バルテズとの心理戦には余裕が感じられた。

「凄く調子がいいなって思っていた。バルテズは俺のことも知らないし、ヤット(遠藤)がまたいだら動くと思った。そうしたら案の定そうなった。心掛けたのは、動いたらすぐに蹴ること。走りながらギリギリまで相手を見て、バルテズが動いてすぐに蹴った感じ。ただもうちょっと上からボールが降ってくるようなイメージだったから、思いどおりのキックではなかった。それでも入ったのは、気持ちが乗っていたからじゃないかな」

 気持ちが乗っていれば、ボールに多く触っていれば、コンディションの良さを実感できれば中村のFKの決定率は自然と高くなる。

 今季、ポジションはトップ下のまま行くだろう。6月に35歳を迎えるとはいっても、1試合平均で13?以上を走ってしまう中村に体力の心配など無用だ。今年は「メンタルの優位性」を高く保って試合に臨むケースが増えるはず。そうなればFKのゴール数も伸ばしてくるのではないだろうか。

 充実一途。今シーズン、中村俊輔から目が離せそうにない。

(このコーナーは第1、第3木曜日に更新します)
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