「こういう日中関係のときだからこそ、俺が頑張んなきゃと思っている。日本人と中国人がグラスルーツのレベルでは信頼してやれているんだという姿を俺は見せたい」

 尖閣問題で日本と中国の関係が緊迫しているなか、昨年、中国スーパーリーグの杭州緑城で指揮を執ったのが前日本代表監督の岡田武史氏。シーズン終了後にインタビューする機会があり、そこで早くも就任2年目の意欲をこう口にしていた。

 その言葉どおり、岡田監督は精力的に動いている。7日には元日本代表FW大黒将志を横浜F・マリノスからレンタルで獲得。キャンプでは若手を鍛え上げているという。

 1年目は残留争いに巻き込まれ、16位チーム中12位に終わる苦しいシーズンだった。海外のビッグネームを獲得するクラブがある一方で、杭州緑城にはそこまでの資金力がない。勝つためには若手育成をしっかりとやっていく必要があった。岡田はユース選手を次々とトップに昇格させ、その結果、メンバーの平均年齢がリーグで最も低いチームとなった。

 また、文化も思想も違う中国で、選手の意識を変えていくことは思った以上に難しかった。岡田は1年じっくりと時間をかけながら、選手にプロ意識を根付かせようとした。

 岡田が取り組んだことのひとつに、たとえば“管理からの解放”がある。杭州緑城は寮で生活を送る選手がほとんどで、決められたスケジュールに沿って行動していた。何時まで練習、何時から食事、何時には就寝というように、決められたとおりの生活を送っていた。これがサッカーの姿勢にも表れていたのだった。

「自陣で敵が2人いるディフェンスで、1人がボールホルダーに行ったら、もう1人にはカバーリングを考えたポジションを取れと俺は言う。でもボールホルダーがディフェンスに対しておどおどしていたなら、カバーリングはいらないという判断も出てくるし、もっとおどおどしているヤツだったら2人ともボールを奪いにいけばいい。

 自分の責任で判断するのが選手。奪いに行ったら、意外とうまくて抜かれるということもそりゃあるよ。だけど最悪なのは、監督が『ここにいろ』と言ったからって何も考えずにカバーリングしているヤツ。日ごろの生活で人に言われたことだけやっていたら、試合のなかでも責任を持って判断できなくなる」

 指揮官は門限を手始めに、あらゆる規制を取っ払って選手に「自由」を与えた。しかし、そのなかで自由を誤解する選手も出てきた。翌日の試合に備えるためにチーム全員で前泊すると、何選手かがホテルを抜け出して外泊するという出来事があった。岡田は「二度目は許さない」と不問に付したが、そのうちの1人が再び指揮官の信頼を裏切る行為に及んだ。岡田はその選手に対して「練習に来なくていい」と通告し、クラブもそのままクビを言い渡した。

 サッカー選手としてやるべきこととは――。この出来事によって選手たちはもう一度、自己責任について見つめるようになり、少しずつ意識を変えていったという。
 
 夏場には主力選手を勝手に放出され、権力のあるオーナーの介入を感じることが強くなった。岡田はこういった介入や順位の低迷もあったなかで、一時は契約延長のオファーを断るつもりだった。一転して引き受けようという思いに至るきっかけは、岡田を支持するサポーター、そして選手の存在だった。

 昨年、中国全土に反日デモが広がっていたとき、杭州の空港ではこんなことが起きていた。

 56歳の誕生日を迎える前日、アウェー戦の移動で空港に来た岡田に対して、30人ほどのサポーターが何と彼のためにバースデーソングを歌い始めたのだ。「来年も契約してください」との声も次々に上がった。次の日、試合が終わってロッカールームに戻ると選手からお祝いのシャンパンを浴びせられた。岡田の指導力をサポーターは認め、また選手たちも岡田の続投を心から願っていた。

 岡田は言った。
「必要とされるのはありがたいことだなって思えた。そこで気づかされたのは、信頼してくれる選手、スタッフ、サポーターのためにやんなきゃいけないんじゃないかと。自分の夢とかそんなことじゃなくてね」

 1年目で種を巻いた。芽吹くのはもう少し先なのかもしれないが、岡田は選手たちの心の成長を感じ取っている。開幕は3月第2週。岡田率いる杭州緑城、2年目の飛躍なるか――。

(このコーナーは第1、第3木曜日に更新します)
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