サッカーのち、ときどきワイン、そしてサファリ 〜現地撮影スタッフ南ア紀行〜

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 6月11日。サッカー・シティ・スタジアムで華々しくワールドカップの開幕セレモニーが行われ、歓喜のブブゼラが鳴り響く頃……僕は大渋滞に巻き込まれていた。普段は30分で到着するというホテルからスタジアムまでの道のりで、既に3時間以上かかっている。しかもスタジアムが見えてきてからは、とうとう車が動かなくなってしまった。そんな状況でなんと逆走する車も出現。事故も続出した。日本ではあり得ない無秩序な状況になってきた。
(写真:道路は逆走する車もあり、完全にふさがっていた)
 あちこちから怒りに満ちたブブゼラが鳴り響く。そして試合開始時間まで1時間を切ったあたりで、人々は車から降りて歩き出した。「現地人の行動にならえ!」と僕も車を降り、歩いてスタジアムへと向かった。道中、けたたましく鳴り響くブブゼラの音は、長い渋滞で下がり気味だった僕のテンションを上げてくれた。

 ゆるいセキュリティーチェックを抜けて、ゲートをくぐる。8万人をこえる観客が席を埋めていた。待ちに待ったワールドカップが幕を開ける。
 南アフリカvs.メキシコ。開催国の南アが先制点をあげた瞬間の爆発するようなブブゼラの音を僕は生涯忘れることがないだろう。試合後、南アフリカ人のコーディネーターはメキシコ人サポーターと握手を交わし、被っていた帽子を交換していた。僕はこのワールドカップというお祭りを通してサッカーだけではなく、南アフリカという国を楽しもうと思っている。
(写真:ブブゼラ付ヘルメット!?)

 翌日、ヨハネスブルグからケープタウンへ飛行機で約2時間かけて移動。以前訪れたときに比べて、空港がきれいになっていた。空港を抜け、街中へ車で向かう。途中の脇道には、トタン屋根のスラム街が広がっていた。ケープタウンにいくつか存在する巨大なスラム街にも、ワールドカップの影響がある。街の中に、企業によりフットサルコートがつくられ、子供たちがサッカーを楽しんでいた。僕も彼らに交じり、ボールを蹴った。現地の人たちと、こんな触れ合いができるなんて日本を出発するまでは想像もしなかった。
(写真:この中から未来のフットボールスターが現れるのか)

 旅の醍醐味はなんといっても「食」だ。ケープタウンにはあらゆる種類のレストランがある。そしてトップクラスのレストランでも、驚くほどリーズナブルな価格で美味しい食事が楽しめる。南アフリカ産の美味しいワインを呑みながら、話題の中心を占めるのは、やはりワールドカップ。この日聞いた話で興味深かったのは、ブラジルやイングランドなど、世界の強豪と呼ばれる国の人々は「負けるとしたら理由は何か」と話し合うのだという。日本のように「どうやったら勝てるか」を論じるのではない。彼らにとって勝つことは前提条件なのだ。そこには、埋められないサッカー文化の大きな差を感じた。

 せっかくなのでワイナリー見学にも行った。大都会のケープタウンから、少し車を走らせれば広大な葡萄畑を持つワイナリーがいくつもある。知った顔をして、いくつものワインをテイスティングして楽しむ。たまたまチリから来たサポーターもこのワイナリーを訪れていた。またサッカー話で盛り上がる。ワールドカップはサッカーだけを楽しむためにあるわけではない。開催国は祭りの間、サッカーをきっかけに世界中の人と人とが新たに出会う社交場となるのだ。
(写真:南アフリカ産ワインは「安くておいしい」と近年注目されている)

 日本vs.カメルーン前日。ブルームフォンテーンへ移動する。空港に到着すると、現地のガイドが待ちかまえていた。
「コンニチワ」
 迎えてくれた人々の愛らしい笑顔がうれしかった。新しくできた空港から、スタジアムへの道を進む。道路はとても美しく整っている。おそらく、ワールドカップのために工事を進めたのだろう。これもひとつのワールドカップ効果だ。

 少し早くスタジアムに着いたので、おそらく日本戦に便乗してできたであろう街の日本食レストラン「名古屋」にて昼食をとることになった。謎めいた店内から出てきたのは、商売精神旺盛な中国人と中華料理(苦笑)。どこの国に行っても中国人の生命力の強さを感じる。数年後には、中国のサッカーは日本にとっても脅威になっているのではないだろうか?
(写真:なぜ店名が「名古屋」なのかは不明……)

 腹ごしらえをして、いざスタジアムへ。日本、カメルーン両国のサポーター。そして南アのサッカーファンが試合前の時間を楽しんでいる。とうとう日本の初戦だ。スタジアムに選手たちが入場した瞬間、思わず身震いがした。普段感じることの少ない、「自分が日本人なんだ」という意識を強烈に自覚した。この場所にいることの喜びはテレビを見ながらでは味わうことができない。
(写真:スタジアム前でカメルーンサポーターと遭遇)

 ついにここまで来たのだ。選手たちの想いはきっと、もっと強いものだろう。僕は観客席に立っただけだけれど涙が出た。単なるサッカーの試合だけではない何かが、ワールドカップにはある。だからこそ、いろいろなものを犠牲にしながらも、選手たちは、皆あの場所を目指すのであろう。まるで何かに取り付かれたように。

 ホイッスルが鳴り、日本代表のワールドカップが始まった。結果は1−0。勝利。試合内容に関しては、さまざまな見方があるだろう。賞賛、そして批判……100人いれば、100通りの意見がある。試合後に、そんな思いをぶつけ合うこともワールドカップの楽しみの一つだ。ただ、僕には日本にとって、この勝利はとても大きなものだと感じた。大切な初戦という意味でも、日本サッカーへの影響という意味でも。少なくともこの1勝によって、グループリーグを見る楽しみがすべての日本人にとって倍増したはずだ。
 話はそれるが、この日本戦では空席が目立った。噂によると、試合開始と同時にスタジアム外ではチケットが無料で配られていたらしい……。
(写真:日本vs.カメルーンのチケット)

 日本戦後、今度はサファリを楽しむために車を走らせた。ケープタウンから3時間もいけばサファリだって楽しむことができる。ロッジからサファリカーに乗り換えて動物たちを探す。車を走らせながら、現地人のコーディネーターは言っていた。
「なぜ自分の国がこんなに“危険、危険”と言われるのか分からない。」
 日が暮れた大草原の上には、今まで見たことがないくらい満天の星空が広がっていた。

 オランダ戦にむけて、ケープタウンからダーバンへと移動する。到着した空港では、飛行機から出る荷物を待つ間にサッカーボールをける人々がいた。ブブゼラを片手に仕事をする空港職員たちがいた。普段ならあり得ないけれど、この期間なら話は別だ。海沿いの道を青とオレンジのユニホームがひとつの方向に向かって歩いていく。数時間後に歓喜のブブゼラを吹くのはどちらなのか? 暖かく爽やかな天気の中、日本戦ははじまった。
(写真:ダーバンで見かけた現地の日本サポーター)

 結果は0−1、敗戦。1勝1敗。試合終了のホイッスルが鳴った瞬間、本田はサポーターへの挨拶も忘れてベンチ裏へと向かっていた。よほど悔しかったのだろう(そのあと、きちんと戻ってきたが)。確かによく守った。けれども、攻めきれなかった。まったく攻撃の形をつくれなかったのは事実だ。

 グループリーグ、残るは最後のデンマーク戦となった。この試合に引き分け以上で日本は決勝トーナメントに進出できる。何よりも、最後の第3戦まで自国の応援を楽しむことができる、この状況がうれしい。少なくともあと1回は、スタジアムで体を震わす、あの瞬間に立ち会えるのだから。

 ワールドカップをテレビで楽しむのも悪くない。「危険」と言われる地にわざわざ行くなんてバカらしいと思う人もいるかもしれない。ただ、実際に南アに来て、感じているのは「ワールドカップは楽しい」ということだ。ともに来た仲間には、カードがスキャニングされた人もいるし、ホテルの代金をごまかされそうになった人もいる。しかし、皆それどころじゃないほどワールドカップを楽しんでいる。この世界最大のお祭りに参加しに来た世界中の人々で、国全体が盛り上がっている。
(写真:W杯仕様(?)のトヨタ車を発見!)

 今はまだ祭りの途中。それでも僕は、このワールドカップに来てよかったと心から思っている。


牧有太(まき・ゆうた)
1981年3月27日、神奈川県出身。大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。2007年より元日本代表・中田英寿氏が世界各国を旅する模様を撮影。今回もその一環で、昨年のコンフェデレーションズカップに続き、南アフリカへ渡っている。当HP編集長・二宮清純がインタビュアーを務めるBS朝日『勝負の瞬間』のプロデューサーでもある。
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