「ピッチャーは自分が投げたいボールばかり投げようとする。バッターが嫌がるボールは何か、それを考えるべき」

 中日・川上憲伸に落合博満(現GM)がそう語りかけたのは、2004年のキャンプ、つまり落合が中日の監督に就任したばかりのことだ。

「これは目からウロコでした。これまではピッチャー目線でしかピッチングのことを考えていませんでしたから」
 過日、キャンプ地の沖縄・北谷で川上は懐かしそうに振り返った。

 良くも悪くもピッチャーはナルシストである。自分の一番いいボールでバッターを牛耳りたいとの思いがある。それくらいの「美学」がなければ、あの小高いマウンドに立つことはできない。

 しかし、いいバッターになればなるほど、逆算式で狙い球を待つ。現役時代の落合は、わざと2ストライクに追い込まれ、ウイニングショットを狙い打った。阪急のエース山田久志のシンカーを狙ってスタンドまで運んだ右バッターは落合くらいのものだろう。

 川上と話をしていて、カープの福井優也のことが頭に浮かんだ。いいボールを持ちながら一本立ちできない。昨季12試合に登板し、0勝2敗、防御率8.69という不本意な成績に終わった。

 関係者に聞くと「完璧なピッチングを求め過ぎる」あまり、制球力を乱してしまうのだという。ピンチの場合では、ど真ん中でもいいから相手の嫌がるボールを投げる――。それくらいの図々しさがあってもいいのかもしれない。

(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)


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