―― 連絡協議会は新リーグでは独立採算の完全プロ化を目指している。しかし、JBLの企業チームの中にはプロ化に賛同していないところもある。根本的な部分での問題が解決されないまま、新リーグ設立の話だけが進んでしまっているのでは?
河内: 確かにその部分が解決しない限り、話は進まないでしょうね。しかし、これまで日本のトップ企業が日本のバスケットボール界を支えてくれていたことは事実です。ですから、JBLとしては既存の8チームを一つでも多く参画できるように、いろいろと模索しているんだと思いますよ。
 私としてはこれまで通り、企業としてチームを運営したいというところがあるのなら、それはそれで企業リーグとしてやればいいと思うんです。ただ、我々は地域密着型のプロリーグをつくります。つまり、別々にリーグを行なって、選手や子どもたちに選択肢を与えればいいんです。
―― 現在の“分裂”という状況は、国内にリーグが複数あることが問題ではないと。
河内: そうです。企業とプロが混在しているJBLと、完全プロ化のbjリーグと存在していても、何ら弊害はないはずです。それこそ、JBLが「トップリーグ」と名乗っても、我々としては構わないと思っているわけですから。問題なのは、同じ日本人なのに、片方だけで日本代表を選出しているという点です。これでは日本代表として一つになっているとは言えません。どこのリーグからでも、実力主義で選ばれるべきですし、そうでなければ、日本代表の強化にはつながりません。

―― 新リーグ設立の狙いも、結局は日本代表の強化であると。
河内: そういうことです。男子の日本代表は1976年のモントリオール大会を最後に、オリンピックに出場さえしていない。もう、まさに危機的状況なんです。JBAもJBLも、そしてbjリーグも皆、同じ気持ちのはず。最終目標は同じなわけですから、一つ壁を乗り越えれば、意外に簡単にことは進む可能性もあると思っています。

 オールスター開催が第一歩に

―― 実際、2013年に新リーグが設立する可能性は?
河内: 現在の考え方のように一つの完成されたリーグをつくるというのは難しいとは思いますが、違う考え方をすれば可能性はありますよ。例えば、プロ野球でいうところのセ・リーグ、パ・リーグのようにbjリーグとJBLでペナントレースをやればいいんです。セ・パだってDH制の可否で違うわけですから、bjとJBLも外国人選手のオンザコート(同試合出場枠)などはそれぞれのルールでやればいい。そして、例えば上位2チームずつがファイナルを戦う。その時にはルールを統一させればいいんです。同じバスケットなんですから、できないことはありません。こうしたかたちであれば、来シーズンからでも実現可能だと思いますよ。

―― 今シーズンからオールスターや交流戦を始めようという話も出ている。
河内: 交流戦は難しいかもしれませんね。というのも、JBLもbjリーグも、各地域の体育館を借りて行なっています。ですから、どの日程でどういう組み合わせをするかというのも、その体育館のスケジュールと合わせなければいけませんから、本当に大変なんです。交流戦となれば、数試合は行なう必要があります。今からその日程を組むということは正直不可能です。
 しかし、オースルターであれば、1試合でいいわけですから、これは実現は十分に可能です。もし、土日がダメだというのなら、平日にやってしまえばいいんです。とにかく、まずは実行に移すことが大事。土日なんて言っていないで、できる環境でやっていけばいいんです。

―― bjリーグとJBLの対戦は、日本バスケットボールファンにとっては興味深いはず。
河内: 私自身がワクワクするくらいですよ(笑)。それこそ名実ともに国内トップ選手である田臥勇太選手(リンク栃木)や五十嵐圭選手(トヨタ自動車)が、bjリーグの外国人選手や彼らと同級生の青木康平(東京アパッチ)と張り合う姿を想像したけだけで楽しいですよね。ファンも見たいと思っているでしょうし、選手同士もやりたいと思っていると思いますよ。

―― オールスターとはいえ、両者ともにプライドをかけた真剣勝負が見られる。
河内: そうです。そして、それこそが日本全体の強化につながるんです。私はね、たとえbjリーグがJBLにボロボロに負けてもい構いません。だって、精一杯やって、それで負けたのであれば、それが自分たちの今の実力だということ。ただ、それだけのことです。悔しかったら、来年、再来年と差を縮められるようにレベルアップすればいい。

―― オールスターの開催が最初の一歩となると。
河内: せっかくここまで「一緒に頑張っていこう」という方向で話し合いを進めているわけですから、何か一歩踏み出さないと、それこそ世間に「やっぱり何も変わらないのでは」と思われてしまう。それでは、逆に後退してしまいます。ですから今シーズは、なんとかいいかたちでオールスターを実現させたいと思っています。

(おわり)

河内敏光(かわち・としみつ)プロフィール>
1954年5月7日、東京都生まれ。bjリーグコミッショナー。中学からバスケットボールを始め、京北高では全国ベスト4に進出。明治大時代には全日本学生選手権3連覇を達成した。卒業後、三井生命で約10年間プレーし、日本代表としても活躍した。現役引退後、三井生命監督に就任し、実業団選手権優勝、天皇杯準優勝に導いた。94年からは全日本男子監督を務め、2000年に新潟アルビレックスの運営会社社長に就任。04年にはbjリーグを立ち上げ、完全プロ化を実現させた。

(聞き手/斎藤寿子)