2月1日、プロ野球12球団は九州、沖縄で一斉にキャンプインした。今季の注目は何といっても北海道日本ハムにドラフト1位で入団した斎藤佑樹らルーキーたちの活躍だ。昨年のドラフトでは12球団中8球団が大学、社会人出の即戦力投手を指名しており、彼らの成績がチーム順位を大きく左右する可能性もある。またパ・リーグでは星野仙一新監督率いる東北楽天や、昨季5位に終わったオリックスが大型補強を敢行。戦国時代に更なる拍車がかかりそうだ。2011年のプロ野球を知将・野村克也はどう見ているのか。二宮清純がインタビューを試みた。
二宮: 今季、一番の注目チームは野村さんが一昨年まで指揮を執っていた東北楽天です。1年間、外国人監督を挟んだとはいえ、知将である野村さんから闘将・星野仙一さんへの政権交代は阪神を思い出させます。2003年に阪神はリーグ優勝を果たし、知将から闘将への政権交代の成功モデルをつくりました。野村さんがじっくりと煮込んだスープに、星野さんがどんな味付けをするか、今回もそこに興味が集まります。
野村: 私と星野は性格も野球観も正反対ですからね、最初、一番戸惑うのは選手たちでしょう。これはあまり知られていませんが、阪神の監督を辞める時、久万俊二郎オーナー(当時)に星野を推薦したのは僕なんです。
 オーナーに「キミの次の監督は誰がいいかね?」と聞かれ、僕はまず西本幸雄さんを推薦した。「3年間、阪神の監督をやって感じたんですが、理を持って戦う監督はこのチームには合いませんよ」と。甘えの体質を変えるには怖い監督が必要。西本さんは阪急や近鉄時代、スパルタ指導で鳴らしていましたから。ところが西本さんは高齢であることに加え、体調も思わしくない。僕が監督になる前にお願いに行った時には、親しい人たちから「キミたちは西本さんを殺す気か?」と叱られたそうです。
 それなら、もう星野しかいない。フロントが「ウチに来てくれますかね?」というものだから、「いや、賭けてもいい。二つ返事で来ますよ」と。すぐに「いい返事がもらえそうです」という連絡が入りましたよ。

二宮: あの時は星野さんも中日に詰め腹を切らされた直後で、阪神でリベンジをしたかったのでしょう。果たして杜の都の柳の下に二匹目のドジョウはいるのでしょうか?
野村: カギを握るのはヘッドコーチでしょう。星野の下には常に島野育夫(故人)という優秀な参謀がいた。彼とは南海時代、8年間一緒にプレーしたことがあるんですが、まぁ、これだけ野球を知らない選手はいなかった(笑)。主にセンターを守っていて考えられないようなエラーをする。そこで付いたあだ名が“チョンボの島ちゃん”。「オマエ、何を考えて野球をやっているんだ?」と説教すると、「せっかく親からもらったいいもの(俊足、強肩)を自分で食い潰してしまって情けないです」と泣いていましたよ。
 そこから野球について考えるようになったんだろうね。僕がプレーイングマネジャーになった時はバッテリーの配球についても随分、教えました。本人は「そんなこと、全然考えてもいませんでした」と目を丸くしていましたね。
 引退後は私と会うたびに「現在、自分がコーチをやれているのも野村さんのおかげです」と言ってくれました。礼儀をわきまえたいいコーチでしたよ。その島野の代わりを田淵(幸一)がやるわけでしょう?

二宮: ヘッド兼打撃コーチですね。阪神を再建した時の盟友です。北京五輪でもコンビを組みました。
野村: 大丈夫かな(苦笑)。

二宮: 野村さんは田淵さんとも西武時代、2年間一緒にやりましたね。
野村: 彼とはロッカーも隣同士でした。普通、お互いにキャッチャーだったら試合後、「なんでオマエ、あそこでストレートのサインを出したんや?」なんて話になるでしょう? ところが1回も野球論を戦わせた記憶がないんです。

二宮: 野村さんと田淵さんでは同じキャッチャーでもタイプが違っていた。星野さんは田淵さんの包容力を買っているのでは……。
野村: まぁ、彼は天才だからね。天才がどんな野球を見せてくれるか……。

二宮: 野村さんは著書の中で「ピッチャー出身者は監督に向かない」と書かれていますね。その根拠は?
野村: まず現実を見てください。プロ野球が2リーグ制になって以降、ピッチャー出身監督で2回以上、日本一になったのは巨人の藤田元司さん(故人)だけなんです。星野は1回もないでしょう。
 手前味噌になりますけど、キャッチャー出身監督の日本一回数は相当多いはずです(森祇晶6回、野村3回、上田利治3回など)。なぜかと思って考えたんですが、ピッチャーはまず「オレの球を打てるなら打ってみやがれ!」という強靭な精神力を持っていなければならない。それが第一条件。その反面、相手バッターのことしか考えないから視野が狭くなりがちです。
 翻ってキャッチャーは9人のうち、ひとりだけ味方のほうを向いていたり、ひとりだけファールグラウンドに座らされていたり、考えてみれば不思議なポジションなんですよ。逆に言えば、いろんな角度から野球を見ることができる。その意味で、一番監督に近いポジションは間違いなくキャッチャーなんです。キャッチャーは守りにおける監督とも言える。

二宮: その伝でいけば、楽天の現場監督は5年目の嶋基宏になりますね。
野村: 嶋ねぇ……。なぜか僕はキャッチャーの育成がヘタなんだ(苦笑)。

二宮: 野村さんが退団した昨季、ベストナインとゴールデングラブ賞に輝きました。これまでの指導の蓄積もあったのでしょう。大ブレイクしましたね。
野村: 配球術を一生懸命教えたところ、彼はそれをバッティングに生かした。だから3割1分5厘も打ったんですよ。狙い球の絞り方とか確かにうまくなりましたよ。それをもっとリードに生かしてもらいたかったんだけど(苦笑)。

二宮: 星野さんはキャッチャーに厳しいですからね。中日時代の中村武志、阪神時代の山田勝彦……。怒鳴られるくらいで済めばいいですけど。
野村: 嶋は耐えられるかな。そこが心配ですね。

二宮: 星野さんにとって幸運とも言えるのが、エース岩隈久志の残留です。最低10勝以上が計算できる投手が残ったわけですから、これは大きい。
野村: 運が強いよね、星野は(笑)。エースはチームの中心ですから。中心なき組織は機能しない。エースが抜けたら相当、困ったでしょう。

二宮: このチームのアキレス腱はクローザーです。新外国人で穴を埋められないと昨季のような苦しい戦いを余儀なくされることになる。腹案はありますか?
野村: 将来的にはマー君(田中将大)にやってもらうしかないでしょうね。能力と適性、この2つが揃っているのは今の楽天では彼だけですよ。でも、マー君は結果的にちょっと甘やかしすぎましたね。完全に勘違いしていました。最初は「しっかりした子だ」という印象を持っていたんですけど、やっぱり普通の若造でしたね。石井一久の若い時とダブりますよ……。

二宮: パ・リーグの他球団に目を移しましょう。昨年のドラフトの目玉・斎藤佑樹(早大)は北海道日本ハムに入団しました。昨年末、パーティで偶然、お会いになったとか?
野村: 向こうから挨拶してきましたよ。「斎藤です。今度、日本ハムにお世話になることになりました。よろしくお願いします」って。しっかりしている子だね。「この人には挨拶しておかなきゃ」と機転を利かせたんでしょう。既に社会人としての基本ができていますよ。

二宮: 辛口の野村さんが、そこまでベタ褒めするのは珍しい。ピッチングはもうご覧になりましたか?
野村: 高校の時も大学の時も折に触れて見てきました。もうできあがっちゃっているという印象ですね。

二宮: 完成の域に近づいていると?
野村: 教えることがあるとすれば、あとは相手バッターの攻略法だけでしょう。僕からすれば、あんなおもしろいピッチャーはいないね。生かすも殺すもキャッチャー次第というタイプだから。

二宮: もし野村さんがマスクを被っていたら2ケタ勝たせられますか?
野村: 自信あるね。オレに任せとけって(笑)。

(つづく)

<この原稿は2011年1月29日号『週刊現代』に掲載された内容を再構成したものです>