1990年代以降のプロ野球で最強のキャッチャーといえば、彼を措いて他にいないだろう。東京ヤクルトで選手兼任監督も務めた古田敦也である。18年間でリーグ優勝5回、日本一4回、MVP2回、ベストナイン9回、ゴールデングラブ賞10回……。古田の活躍とヤクルトのチーム成績は比例すると言われるほど、その存在感は大きかった。今季のプロ野球は開幕から各球団でルーキーや若手投手が躍動している。数多くの投手をリードし、勝利に導いてきた経験から、若い投手がプロで成功するための条件を二宮清純が訊いた。
(写真:誌面ではキャッチングやスローイングのコツをインタビュー)
二宮: 今季のプロ野球は斎藤佑樹投手(北海道日本ハム)をはじめ、楽しみなルーキーがたくさん入ってきました。斎藤投手に関しての評価は?
古田: まぁ、まだ何試合が登板しないとわからないですね。同じルーキーでも沢村拓一君(巨人)や大石達也君(埼玉西武)とはタイプが違う。特にあのチームにはダルビッシュ有がいますから、彼と比較してしまうとスピードの面では物足りなさを感じてしまう。でも、本人もその部分は自覚しているはずなので、丁寧に投げるスタイルを追求することが大事になると思います。

二宮: 野村克也さんは「オレがキャッチャーなら15勝できる」と言っていました。古田さんもリードしたら、そのくらい勝たせる自信があるのでは?
古田: いえいえ。でも、キャッチャーのリードで勝たせるってことは、悩むってことでもある(笑)。もし僕がバッテリーを組むとしたら、「もっと、こういったボールを覚えろ」とか、ステップアップするために必要な要素を先にアドバイスすることになるでしょう。

二宮: たとえば、どんな話をしますか?
古田: 「シュートを覚えてくれ」と言うかもしれないですね。一応、ツーシームは投げるんですけど、ギュッと曲がるというより沈む感じでした。シュートは右バッターにとってはイヤなボールです。とらえたつもりでも、ポッと曲がってサードゴロ、ショートゴロになってしまう。打者を打ち取る上では、非常に便利ですから。

二宮: 今後、プロで何年も活躍していくには、どんなピッチャーを目指すべきでしょう?
古田: 桑田(真澄)君みたいな形が手本になるのではないでしょうか。彼も斎藤君と同じように体は決して大きくない。でも彼はシュートを途中で覚えたり、年々球種が少しずつ増えていった。それで長く勝てるピッチャーになりましたからね。完成されたピッチャーという評価ですけど、まだまだ若い。普通に考えたら、これからも伸びるはずです。周囲の期待が高い分、大変だとは思うけど頑張ってほしいですね。

二宮: 先程、お話に出た巨人の沢村投手はストレートのスピード、キレは申し分ありません。ただ、恩師の中大・高橋善正監督も指摘していたように、1年間通じて勝てるピッチャーになるには変化球の精度が課題になる。
古田: 結局、変化球のコントロールが悪いと、ボール、ボールと先行して、ストレートでストライクを取りにいって、打たれるパターンにはまってしまう。プロはアマと違って、145キロぐらいのストレートだったらガンガン打ち返してしまう。150キロの速球だって分かれば打てる。まぁ、逆に言えば、あれだけいいストレートがあるのですから、変化球の精度が高まれば、素晴らしいピッチャーになれる。

二宮: やはりダルビッシュもマー君(田中将大=東北楽天)も、ストレートに加え、変化球も一級品です。
古田: その点は全然違いますね。だから、いいストレートを投げるピッチャーは変化球の精度さえ上がれば3段階ぐらいランクが一気に上がる。「頑張っても5勝ぐらい」ってピッチャーでも、いきなり15勝ぐらい勝てるかもしれない。

二宮: その意味で、古田さんは現役時代、若い投手に少しでも球種を増やすようにアドバイスされていました。よく「若いうちはストレートで思い切って勝負すればいい」という指導者もいますが、やはり、武器はひとつでも多いほうがいいと?
古田: そうですね。いくら本人が武器だと思っても、プロのバッターからすれば、たいしたボールじゃない可能性もあるんですよ。たとえば「コイツのカーブは、真っすぐを待ってても打てる」となると、球種は2種類あるとは言えない。もう1種類しかないんですよ。そうなったら、カーブの精度を磨いただけでは通用しない。加えて違う球種を覚えたほうが長く生き残れる可能性が高いんですよ。

二宮: なるほど。
古田: だって高校、大学とずっと野球をやってきて、カーブの精度が上がらなかったのに、急にプロに入って良くなるとは限らない。もちろん、トライし続けることはとても大事です。ただ、新しいことにチャレンジすることも忘れないでほしい。特にピッチャーは肩の疲労も考えたら、1日に投げられるのは100球程度。そのうち、ストレートを50球投げたら、残りは50球です。それをすべてカーブの練習に割いていいのか。そのうち10球でも「投げたことないけど、フォークを試してみるか」とチャレンジしたほうがいいと思います。

二宮: その中で、自分の知らなかった可能性が広がるかもしれない。「これ、投げてなかったけど、意外に使える」とか。
古田: そうなんです。逆に言うと、そこにこそ伸びるチャンスがある。プロに入ってきた人間は得てして、自分の得意なところを評価されてきたので、苦手なことに対しては嫌がる選手が少なくない。たとえば、ストレートが得意な選手が、「ストレートを買われてプロに来たんだから、変化球よりも、そこを磨きたい」と。言っていることはわかりますよ。だけど、こちらとしては「君のストレートはアマチュアでは良くても、プロに来たらアベレージだよ。だったら、ストレートの精度やスピードをよっぽど上げるか、変化球覚えなきゃ生き残れないよ」と最初に言ってあげる必要がある。冷たいようですが、それがちゃんとしたアドバイスだと思いますから。

二宮: たとえば今、ヤクルトのセットアッパーになっている松岡健一投手が入団した時、「要求したのにフォークを投げない」って怒ったことがありましたね。
古田: 怒りましたね、あれは(笑)。「投げないって、どういうことや」って。それはフォークが投げられないのか、今は投げたくないのか……。「その意味を言え!」って尋ねたら、ビビってしまったのか何も言わない(苦笑)。
(写真:キャッチャーはリードも大切だが、まずは「信頼を得られる技術が重要」と語る)

二宮: 結論としては投げたくなかったんですか、それとも投げられなかったんですか?
古田: フォークは投げたことがなかったみたいなんです。彼にしてみれば、まだトライする段階まで達していないのに、僕に向かって投げるのがイヤだったみたいなんですよ。彼には「それなら、なおさら投げろ」と伝えました。実際に受けてみたら、全く使えないのか、頑張れば武器になるのかだいたいわかりますから。

二宮: フォークを要求したということは、古田さんの眼には「この子ならフォークは投げられるんじゃないかな」と感じるものがあったと?
古田: もちろん。投げ方を見たら、投げないほうが考えられないくらい。もったいなかったですよ。ただ、トライしないことには落ちるか、落ちないかも分からないし、試合でも使えない。松岡も実際、最初は通用しなくて、ファームでも結果が残せなかった。それでようやく目覚めて、だいぶ練習したんでしょう。もう今はストレートとフォークが主体のピッチングになっていますからね(笑)。入団した時のエピソードなんて忘れるくらい、いいフォークを投げますよ。

二宮: ハハハハ。それなら早く気付いてほしかったと。
古田: まぁ、頭を打たないと目が覚めないヤツもいますから。それでも気付いただけ、まだいい。でも、どうせチャレンジしなきゃいけないなら、早めに取り組んだほうがいいしょう。

二宮: プロは甘い世界ではありません。芽が出なければ3年でクビになってしまう。頭を打ってからチャレンジできればいいけど、その前に終わってしまうかもしれない。
古田: 特にピッチャーは肩を壊したら終わってしまう。20代がピークという選手も多いので、早めに武器を増やすトライが大切だと思います

<現在発売中の『小説宝石』2011年5月号(光文社)では、古田さんのさらに詳しいインタビュー記事が掲載されています。こちらもぜひご覧ください>