罪なき者、石を持て打て――。姦通の罪で捕まり、石打ちの刑に処されそうな女性を前に、イエスが口にした言葉だ。あなた方は皆、清廉潔白なのか。誰が彼女を裁けよう。新約聖書の有名な一節である。

イエスの慈悲深さを象徴する言葉として、しばしば引かれるが、私のような俗人はつい、こう解釈してしまう。「オマエの方が悪い、と互いに石を投げ合ったら、それこそ全員傷だらけになって、誰もいなくなってしまうじゃないか…」。さしずめ今のFIFAが、そんな状況か。

汚職問題に揺れるFIFAが、さらに混迷を深めている。スイスの検察当局が資金不正使用などの疑いで、ゼップ・ブラッター会長の捜査に乗り出したことが明らかになったのだ。FIFAにとっては組織存亡の危機である。

ブラッター氏が会長選挙で5選を果たしたのは、今年5月のことだ。米司法省がFIFA幹部の収賄事件にからみ、起訴を発表した直後だっただけに、ブラッター氏は「FIFAには大改革が必要だ」と語気を強めた。

違和感が残った。次から次へと明るみに出る汚職疑惑は、ブラッター政権下で生じたものであり、その黒幕ともささやかれる人物に、そもそも改革などできるのか。泥だらけの手で人のシャツを洗うようなものだ。

さらに驚いたのは、ブラッター氏の唐突の辞任表明である。側近で、FIFAナンバー2のジェローム・バルク事務総長にまで捜査の手が及び、もはや逃げられないと判断したのだろう。事実、包囲網は徐々に狭まっていった。

ブラッター氏の失脚を受け、次期会長候補として有力視されていたのが、欧州サッカー連盟のミシェル・プラティニ会長である。日本協会のある幹部は「次はプラティニしかいない」と語っていた。そのプラティニ氏も4年前、FIFA会長選直前にブラッター氏から200万スイスフラン(当時約1億7000万円)もの大金を受け取っていたことが判明した。

どの御仁も叩けばほこりが出る、というレベルの話ではない。「お主も悪よのぉ」の世界である。それこそ暴露という名の石を投げ合ったら、PK戦にまで突入して、全員血みどろになってしまうのではないか。いや、汚職まみれの巨大組織には、それくらいの“荒療治”が必要かもしれない。

<この原稿は15年9月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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