実は、広島へ帰るたびに、駅のカープグッズのコーナーなどで、秘かに探していたものがある。66番のユニフォームである。作っている数が少ないのか、あるいは作っていないのか知らないが、結局見つけられずじまいだった。一度は66番を着て観戦したかったなあ。

 

 誰のことかわかりますか? 木村昇吾である。正直に言って、ファンなのです。

 

 このほど、今季取得した海外FA権を行使して、国内他チームへの移籍を目指すことを表明した。周知のように、カープはFA宣言しての残留は認めない方針である。

 

「自分自身も不安です」

 という言葉は、本音だろう。

 

 横浜から移籍してきた2008年は、たんに俊足の代走要員という印象しかなかった。率直に言って、ヒットが打てる感じがしなかった。むしろ当時のマーティ・ブラウン監督がよく目をつけて起用したと言うべきであろう。

 

 劇的に変わったのは2010年である。野村謙二郎新監督は、当初、彼にあまり出場機会を与えなかった。ま、なんでもブラウン前監督を否定するところから入ったような新監督だったから、いたしかたないのだろう。

 

 ところが正二塁手の東出輝裕が負傷により戦線離脱。その穴を埋めて二塁を守った木村は、8月からシーズン終了までほぼレギュラーとして出て、最終的には70試合に出場。3割2分4厘の打率を残す。

 

 続く11年は、こんどは6月に正遊撃手の梵英心が負傷離脱。その穴を埋めてショートを守り続けた。さらに12年は梵が復帰したため再び控えに回るも、堂林翔太の守備固めとして三塁手で出場機会を得る。13年も、再び8月に故障した堂林に代わって三塁を守り、チームはついに念願のクライマックスシリーズ進出を果たした。

 

 14年は、とうとう野村謙二郎監督も準レギュラー扱いで起用した。移籍してきた頃は、打席に立ってもまるで期待できなかったが、今年のキャンプを見たときには、もしかして3割打てるんじゃないか、というバッティングをしていた。あの独特のオープンスタンスは、35歳の今も進化し続けているのではあるまいか。そこには「不屈の男」の生き方がつまっている。

 

 たとえば、5年MVPというものがあったとする。10年から14年までの5年間トータルでのカープMVPは誰か。投手はまちがいなく前田健太だろう。野手は、木村昇吾なんじゃないですか?(単年であれば別ですよ。去年ならブラッド・エルドレッドかもしれないし菊池涼介かもしれない。今年は……該当者なしですね。)

 

 だけど今季の緒方孝市新監督の起用法は、どう考えてもレギュラーの可能性を感じさせるものではなかった。新監督というものは、どうしても自分の色を出したいし、チームには世代交代の波を起こしたくなるものなのだろう(その点では、日本シリーズ連覇をもたらした福岡ソフトバンク・工藤公康監督の「前任者を引き継ぐ我慢」は立派だった)。

 

 だから、来季36歳を迎える木村が、リスクをおかしてFA宣言した気持ちもわかるような気がする。常々「ショートでスタメン出場することが理想の野球選手像」と語っているそうだから。

 

 その、ある種、理性的な状況判断と、覚悟の決め方は、将来のコーチ・監督の素養をも感じさせる。カープは、FAで出て行っても、戻ってこられる球団なんですよね、新井貴浩の例があるとおり。いつか戻ってきてほしい。

 

 とりあえず、どこの球団に行っても、そのユニフォームは買おうかな(作ってくださいよ)。

 

 で、最後に、カープの来季について少々。

 

 ドラフトを見ていて、やはり福岡ソフトバンクと北海道日本ハムがうらやましかった。理由は、高橋純平(県岐阜商)に入札したから(中日も入札したが、それはたぶん、地元だからでしょう)。

 

 たしかに夏の県予選での故障は気になるが、今年もっとも素質に恵まれた投手は間違いなく高橋である。順調に育てば3年後に10勝する。ドラフト1位に関しては、その年で一番才能のある選手を指名する、という単純明快な姿勢を貫いてほしいものだ。

 

 ただ動画などで確認する限り、カープの1位指名・岡田明丈(大商大)は、もしかしたら、高橋を除く今年の投手の中では、一番いいかもしれない。ボールがぐいっと伸びるし変化球もいい。いけるかもしれません。

 

 あとは、当然、課題は貧打解消。菊池、丸佳浩、堂林。丸と堂林はフォーム改造に取り組んでいるとか。少なくとも現状では壁に当たっているのだから、当然であろう。それから、ハズレ外国人選手はもういいから、ライネル・ロサリオを育てましょう。化ければ、4番だ。

 

 あとは社会人・王子の2人、4位の船越涼太捕手と5位の西川龍馬内野手が大当たりだったらうれしいな。なんたって近年、カープファンの間で大話題の、堂林、菊池、野間峻祥と続いた、中部地区からの指名ですから。そういう夢くらい見ませんか。

 

 ちなみに、去年、個人的に大化けの夢を見た塹江敦哉は、少しは育ってきているようだ。

 

<このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します>


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