元日本代表監督のアルベルト・ザッケローニが中国に向かおうとしている。

 2014年夏のブラジルW杯後に代表監督を退任して以降はフリーとなっていた。イタリア代表や古巣ウディネーゼの監督候補に挙がったり、中東のクラブからも声が掛かっていたようだ。だが「就職」には固執せず、故郷である小さなリゾート地チェゼナティコで悠々自適の生活を送ってきた。大好きな日本にも講演や解説の仕事で度々訪れている。

 

 そんな彼が中国スーパーリーグの北京国安と2年契約、推定年俸500万ユーロ(約6億5000万円)で合意とイタリアメディアに報じられた。クラブ側からの発表は未だないものの、コーチ人事など条件面の細部を詰めているところだと見ていい(破断の可能性も残されているとは思う)。

 

 北京国安は中国スーパーリーグの強豪。優勝を目指した2015年シーズンは4位にとどまり、ACL出場も逃がした。その結果、前年にリーグの年間最優秀監督賞を受けたスペイン人のグレゴリオ・マンサーノ監督が退任。マンサーノに負けず劣らずの実績ある外国人監督のもとで巻き返しを図りたいということなのだろう。アジアの戦いを知っているザッケローニの名前が挙がってきたのは何ら不思議ではない。

 

 ただ、個人的にはいささか残念だ。アジアに帰ってくるなら、ぜひともJリーグのクラブを率いてほしかったからだ。北京国安の年俸は魅力的としても、もし彼が愛する日本ならばJリーグの事情もよく分かっているため、もっと低額のオファーでも交渉のテーブルに着いたと思われる。

 

 ブラジルW杯で結果を残せなかったとはいえ、彼はアジアカップ、東アジアカップを制し、W杯予選も危なげなく勝ち上がった。親善試合ながらFIFAランク上位のベルギーにアウェーで勝っている。もっと評価されていいとは思うのだが、結局、Jリーグのクラブからオファーを受けたという事実はなかった。

 

 彼の日本愛は強い。

 ブラジルW杯後、チェゼナティコでインタビューをした際、監督業にすぐに復帰することには気が乗らない感じがした。話をすべて聞き終えた後で、その印象を伝えると、彼は口もとに笑みを浮かべてコーヒーを一口のどに通してからこう言ったものだ。

「この4年間、全身全霊をかけて日本のためにやってきたつもりだ。そういう意味で回復する時間も必要なのだろう。実を言えば、他のところに行くのは難しい状況でもあるんだ。日本が好きだったし、あまりに日本と合っていたんでね……」

 

 あくまで推測に過ぎないが、「あまりに合う」日本のJリーグからのオファーが届けば、受諾するかどうかは別として真剣に検討したに違いなかった。

 

 日本代表を率いた後に、Jリーグの監督に就任した者は98年のフランスW杯後、コンサドーレ札幌、横浜F・マリノスの指揮を執った岡田武史以来、現れていない(フィリップ・トルシエがJFL・FC琉球の総監督を務めてはいるが)。ザッケローニには久々に「代表監督→Jリーグ監督」となる可能性を感じていた。年俸などクリアしなければならないハードルはあるにしても、確かな実績と日本人の特性を把握しているメリットもある。活動時間が限定される代表と比べれば、クラブのほうが自分の哲学をチームにもっとすりこませることもできる。彼が日本のクラブでどんなチームをつくるか、見たかったという思いは強い。

 

 今回、サガン鳥栖がバイエルン・ミュンヘン、長谷部誠が所属したヴォルフスブルクでブンデスリーガを制したフェリックス・マガト監督と最終交渉まで進んだが、破談で終わっている。年俸は250万ユーロ(約3億3500万円)と報じられた。資金をつぎこんで欧州で名のある監督を呼びたいという鳥栖の野心は、安定志向のJリーグに一石を投じたものとなったと感じる。鬼軍曹と呼ばれるマガトもいいが、昨シーズンまでFC東京を率いたマッシモ・フィッカデンティを代わりに選ぶならば、同じイタリア人のザッケローニを候補に入れても面白いとは思ったが……。

 

 交渉事は最後までどうなるか分からないが、ザッケローニにはぜひ北京国安のラブコールに応えてアジアサッカーに戻ってきてほしい。いずれACLで日本のクラブと戦うことになれば、Jリーグも盛り上がるはず。ザックのチャレンジがアジアで続くことを期待したい。


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