いつのシーズンでも新監督の動向には注目が集まるものだ。とくにこの時期は、はたして彼に本当に監督が務まるだろうか、という野次馬根性が働いて、その言動には誰もが興味津々になる。

 

 今季でいえば、巨人・高橋由伸新監督。まあ新鮮ですわな。4月でようやく41歳になるという若さ。ご承知の通りの整った顔立ち。スター然とした挙措。で、その手腕は? と少々意地悪な気持ちにもなるが、彼は、キャンプ以来、きわめて落ち着いているように見える。新監督といえば、やれ機動力を使いますだの、改革だのと、威勢のいいスローガンをぶちあげて、しりすぼみに終わるのが通り相場だが、高橋監督の落ちつき払った様子はちょっと脅威かもしれない。

 

 阪神・金本知憲新監督の言動は、なかなか派手だ。野球選手・金本として感じたことをストレートに言葉にしているようなところがある。阪神ファンは、毎日が楽しいでしょうね。

 

 意外な話題を提供したのが横浜DeNAアレックス・ラミレス新監督だ。紅白戦や練習試合で、投手への配球のサインを、一球一球、捕手ではなく、ベンチで自ら出したというのだ。「ラミちゃん、ペッ」のパフォーマンスはいいけれど、監督はどうかなあ、と懐疑的な人も多かったはずだが、これには意表をつかれた。

 

 例えばメジャーリーグでは、エンゼルスの名将マイク・ソーシアを思い出す。彼は守備のときにも、一球一球、指で顔のあたりをさわって、しきりにサインを出す。あれはあれで、カッコいい。では日本人にも似合うかと問われれば、首をかしげるけれども。

 

 指揮官からの要求

 

 ソーシアはいわゆるスモールベースボールの推進者と言われるから、ラミレス監督もそうなるのかなと思ったら、どうやら事情は違うようだ。

 

 要するに、投手に内角攻めを要求したのだそうだ。

<キャンプ中、ラミレス監督がバッテリーに示した目標は明確だった。「7割は内角」>(「朝日新聞」3月2日付)

 

 そのサインをベンチから出してバッテリーに徹底したのだという。

 

 3月2日、東京ヤクルトとのオープン戦では、サインは出さなかった。

<「今日は初めて、ベンチからサインを一切出さない試合になった。それはチームのゴールでもあるし、目標でもある」>(「日刊スポーツ」3月3日付)

 

 お、なかなかなコメントではないですか、新監督!

 

「7割内角」というのは、相当思いきったスローガンだ。たとえば昨年のラグビーワールドカップ。エディー・ジョーンズヘッドコーチが五郎丸歩に課した目標数値は、キックの成功率85%というものだった。その85%という数字は、ワールドカップで日本が勝つために必要な得点数から、逆算して導き出されたに違いない。実際に、それが日本の勝つための目標値だった。では、ラミレス監督の「7割」には、どれだけの根拠があるのだろうか。先の朝日新聞記事によると、DeNAの高田繁GMはラミレス監督を「すごく緻密で研究熱心」と評している。「7割」という数字に緻密な根拠があって、DeNAの快進撃で2016年シーズンの幕が開く、というシナリオも、見てみたい気がする。

 

 投手にとっては、打者の内角を攻めること、打者からすれば内角をきっちり打ち返すこと、これは野球の永遠のテーマである。

 

 神髄は静止した軸

 

 近年の内角打ちの名シーンといえば、まず思い出すべきは、昨年の日本シリーズ第3戦だろう。ヤクルト山田哲人が史上初の三打席連続ホームランを放った、あの試合だ。

 

 10月27日。福岡ソフトバンク対ヤクルト戦、5回裏2死一塁。

 ソフトバンクの投手は千賀滉大。そして打席に、ここまで2打席連続ホームランの山田。

 千賀は150キロを超える速球が武器のリリーフ投手である。

 

(1)インハイ、ストレート、150キロ ファウル

(2)高めに抜けたストレート、151キロ ボール

(3)フォーク、135キロ 見逃し ボール

(4)インハイ 頭部近くを襲う152キロ 山田のけぞってよけて、カウント3-1

(5)インハイ ストレート レフトスタンドへホームラン!

 

 捕手は低めに構えているから、ストレートが抜けたのかもしれない。しかし、148キロのストレートがインハイいっぱいに入ったのを、山田は、ものの見事に真芯でとらえ、完璧に振り抜いてホームランにした。

 

 これだけ鮮やかなインコース打ちは、そう見られるものではない。私は永久保存にするけれども、日本中の各ご家庭で永久保存にしていいのではないでしょうか。

 

 で、トリプルスリーを達成し、今や日本を代表する強打者に成長した山田だが、彼の打法は、大きく左足を上げて、タイミングをとってスイングするところに特徴がある。この大きく足を上げてステップする打法は、やはり日本人には似合っているのかもしれないなあ、とつい思う。

 

 だが、それは見方が逆なのだ、とあえて言ってみたい。

 

 山田の3連発、とくにインハイを打った3発目のビデオを繰り返し見ていると、次第に自分の視線が、大きくふり上げる左足から、その奥、すなわち右足側に移っていくことに気付く。なぜなら、左足以外の身体の部分がどこも、ピクリとも動かないのだ。右足に乗った体側、腕、頭。ピターっと静止し、スイングの始動とともに、一気に回転する。

 

 一見、「動」に見えるバッティングフォームは、動かざること山のごとしと言いたくなるほど、きっちり軸に体重が乗って静止した形によって支えられているのだ。

 

 秋山翔吾(埼玉西武)も中田翔(北海道日本ハム)も、柳田悠岐(ソフトバンク)も、みんな足を上げる。しかし、そのフォームの神髄は静止した軸のほうにこそある(柳田は、たしかに足を上げるけれども、本質的にはすり足打法なのかな、と思いますが)。

 

 伝説の左打者との共通点

 

 山田が達したこのような境地を、「静の中に動がある」と呼んでみたい。(もちろん今後、山田にも好不調はあるだろうが、少なくとも昨年10月27日は、彼は神髄というべき域に達していた)

 

 この言葉、今年1月におっしゃった方がいる。

 

 1月18日、今年の野球殿堂顕彰が発表された。工藤公康(現ソフトバンク監督)、斎藤雅樹(現巨人二軍監督)が選ばれたが、エキスパート部門として、故・榎本喜八が選出された。榎本は伝説の左打者だが、引退後は野球界を離れて、公の場に出ることがなかった。イチローよりも早く1000本安打を達成した、といえば、そのすごさがわかるだろう。

 

 この表彰にあたって、張本勲さんがスポーツニッポン紙に寄せたコメントがすばらしい。

<この人には勝てない。現役時代、そう思わされただ一人の打者だった。(略)川上哲治さんより理想的だったのではないか。「静」の中に「動」があるフォーム。まるで動かないように見えて、静かに膝でタイミングを取る。体が開くわけでも突っ込むわけでもない>(「スポーツニッポン」1月19日付)

 

 榎本は、ステップをしない。少なくともしないように見える。構えてじっと静止したまま、来たボールに対して、いきなりものすごいヘッドスピードのスイングをする。少なくともそう見える。

 

 しかし、張本さんは、あの、じっと静止している中に「動」が宿っていた、と言うわけだ。

 

 このことは実は、榎本の中では「脱力」「合気打法(合気道をとりいれた打撃理論)」というテーマと重なっていく。そして、やがて奇人として世にうとまれるようになる。(その野球人生のすさまじいまでのディテイルを、唯一無二といっていい貴重な本人のロングインタビューを元にまとめたのが、松井浩著『打撃の神髄 榎本喜八伝』である。このほど講談社+α文庫として再刊された)。

 

 山田と榎本では右と左の違いがある。全然、タイプが違うじゃないかと言われるかもしれない。しかし、神髄は一つだろう。榎本は、ピクリとも動かなかった。山田は大きく左足を上げる。そのいずれの道をとろうとも、ふたりの打者は、「静の中に動がある」という一点において重なり合う。それを、彼らが達した究極の境地と言ってさしつかえあるまい。

 

 そう考えてみると、今季、もう一人、注目したい打者がいる。

 

 丸佳浩(広島)である。去年までは、彼はすり足打法だった。千葉経大付高からプロ入り後、順調に成長してきたが、昨年は打率.249という不振に陥り、今季から足を上げるフォームに変えた。オープン戦を見ると、去年よりも強い打球が増えたような気がする。

 

 ただ、上げない左足の側が、10月27日の山田のように静止しているとは思えない。どこか、ざわついている。今はまだ、「動の中の動」なのかもしれない。この屈指の好打者に、去年の山田のように化ける瞬間は、はたして訪れるだろうか。

 

 いずれにせよ、今季もまた静と動のはざまで、打撃の神髄を垣間見たいものだ。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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