NPBもアイランドリーグも開幕まで約2週間となり、実戦も本格化している。今シーズン、リーグからは過去最多の7名が新たにNPBの門をくぐり、計23選手が1軍の檜舞台で活躍するべくキャンプで汗を流している。リーグの行方ともに、彼らの動向も気になるところだ。NPB入りというひとつの夢を叶えた選手たちは、新たなシーズンにどのように臨もうとしているのか? その今を追いかけた。
 不死鳥のごとく――中谷翼

 まさに悪夢としか言いようのない出来事だった。
 2年前の9月、甲子園の阪神戦でプロ初スタメンを勝ち取った中谷は最終回にプロ初ヒットとなる2塁打を右中間へ放った。初打点のおまけがつき、ようやく1軍選手として羽ばたくかと思われた。

 ところが――。それから2日後の広島での練習中、アクシデントが起こる。ショートのポジションでノックを受け、1塁へスローイングをした瞬間だった。
 ブチッ!
 右ひじから、何かが切れるような音が聞こえた。そしてひじから先がどこかへ飛んでいったような感覚になった。
「それまではサードでノックを受けていて、いい感じでスローイングができていたんです。まったく前触れがなかったのでビックリしました」

 次に襲ってきたのは激痛だ。何が何だか分からないまま、痛みに耐えてノックを続けたが、3球目でファーストに投げられなくなった。すぐに病院へ直行。診断の結果は右ひじ内側側副靭帯損傷。全治8カ月の重傷だった。リハビリも含めれば、翌シーズンを棒に振ることが確実となり、1軍はおろか、支配下登録からも抹消された。

 育成選手として再契約できたとはいえ、手術後、肩までギブスを装着した自らの姿に「日常生活にも支障が出ているのに、これでまた野球ができるのかな」と弱気になった。ギブスを外すと、ひじの可動域はわずかに数センチ。それ以上に動かすと痛みが走る。
「リハビリをスタートした時が、精神的にも一番キツかったですね」

 最初はウォーキングから始めた。歩くと自然に腕はダランと下がる。重力を使ってひじを伸ばすのだ。バッティングも通常のバットは持てない。軽い木の棒を振るしかなかった。そんな気の遠くなるような作業を日々続けた結果、ひじは徐々に回復。手術から半年を経過した頃には、ようやく硬球を投げられるようになった。
 
 実戦に復帰したのはオールスター休み明けの昨年7月。試合勘の鈍りも懸念されたが、得意の打撃では31試合ながら打率.304と結果を残した。
「バットが振れなくても、マシンやピッチャー相手に打席に立ってボールを見る練習を続けていたので、そこまでとまどいはなかったですね」
 懸念されたスローイングも「ひじのことを考えて全力で投げなくなった分、送球が安定してきた」と笑顔を見せる。再発防止のため、下半身を使った送球法を身に付けたこともプラスになった。

 だが、気温が下がると、どうしてもひじに悪影響が出る。昨秋の宮崎フェニックスリーグでは途中でひじが痺れる感覚になり、以降は打撃に専念した。
「朝、早起きしてお風呂につかってひじを温めたり、保温効果のあるクリームを塗ってケアしていたのですが、少し無理をしてしまいましたね」
 長い完全復活への階段は一足飛びに駆けあがることはできない。一段一段、着実に昇ることこそが近道――それを思い知らされた出来事だった。

 打撃は買われているだけに、守備さえ不安がなくなれば、再び支配下選手に戻れる可能性は十分にある。05年のアイランドリーグ初年度のオフに育成選手としてNPB入りし、早くも7年目。故障明けとはいっても、今季は勝負をかけなくてはならない。
「先のことは考えず、目の前の試合で結果を出すこと。それを続けていればチャンスは出てくると思っています」
 2軍スタートとなったキャンプを経て、春季教育リーグではセカンド、サードでコンスタントに試合に出ている。あとは攻守に1軍でも活躍できるところをアピールするだけだ。

 中谷には1軍で苦い思い出がある。初安打を放った先の阪神戦、サードの守備で高く上がったフライを落球してしまったのだ。
「言い訳になりますが、ナイターで守備をするのが久々だったので、フライが上がった瞬間にボールが見えなくなってしまいました(苦笑)。正直、ファンの方には初ヒットよりもエラーの印象のほうが強いでしょう。だから、このままじゃ終われないんです」
 苦しみは飛び立つ上での推進力になる。葛藤は高く舞うための浮力になる。一度は折れそうになった翼は、不死鳥のごとく必ず蘇る。

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(石田洋之)