元日本スーパーウェルター級王者で、現在もOPBF東洋太平洋同級王者を保持するチャーリー太田(八王子中屋)のアメリカ凱旋試合が間近に迫っている。
 今週末の3月17日。チャーリーは生まれ故郷であるニューヨークのマディソンスクウェア・ガーデンでキャリア初の試合を行なう。
(写真:チャーリー太田がそのパワーをアメリカで披露する日がやってきた Photo By こんどうさん)
 予定されているのはここまで16勝(11KO)7敗の33歳、ガンドリック・キング(アメリカ)との8回戦。この日のメインイベントに組まれているのは、現役屈指のファイター、WBC世界ミドル級王者セルヒオ・マルチネスの防衛戦。米ボクシング界を牛耳るテレビ局“HBO”によって生中継もされる正真正銘の大舞台である(注:チャーリーの試合の米国内での放映予定はない)。

 1981年にニューヨークで生まれたチャーリーは、2001年に米海軍の艦船整備士として来日して横須賀基地に赴任。除隊後の2004年に日本人女性と結婚し、30歳となった今でも日本に住み続けている。
 日本でボクシングを始めると、2006年には全日本社会人選手権で優勝。プロ入り後も2010年に日本&OPBF東洋太平洋王座を獲得するなど、これまでトップボクサーとしての階段を着実に昇り続けてきた。

 今回の一戦が決まった背景には、19勝(13KO)1敗1分という好戦績、東洋王座を6度防衛という実績もさることながら、チャーリーのバックグラウンドがアメリカの関係者の目に留まった部分もあったのだろう。15日に行なわれた最終会見でも「風変わりな経歴を持ったボクサー」と紹介され、集まった人々から大きな拍手と好奇の視線を浴びていた。
 黒人選手が日本で家族をもうけ、ボクシングの国内王者となり、そしてアメリカに戻って試合を行なう。チャーリーの辿った軌跡は、まるでハリウッド映画のようなユニークなストーリーだと言ってよい。
(写真:すでに日本に強敵はおらず、世界進出が現実的な目標だ)

 ただ、その一方で、目の肥えたニューヨークのボクシング関係者に真の意味で認められるのは、そう簡単なことではないのも事実である。
 アメリカのファンはアジアの“国内王者”という肩書きに惹き付けられるほどナイーブではない。実力が伴わなければ、バックグラウンドの面白さだけで興行に起用され続けるほど甘い世界でもない。そして、この生き馬の目を抜くような街で生まれたチャーリー自身も、もちろん、それを充分に理解している。

「今回の相手はパンチがあるから危険な選手だけど、アウトボクシングをし続けるつもりはない。この試合では観ている人たちを魅了しなければいけないからね。アウトボクシングができる技術と、観客を興奮させるパワー。その両方を見せつけて、会場に来てくれた人たちに喜んでもらうつもりだよ」

 本人のそんな言葉通り、17日の一戦はいわば“ショウケース”。興行のプロモーターであるルー・ディベラはもちろん、HBOの重役もリングサイドで目を光らせている。今後のキャリアのカギを握るそれらの人々の前で、チャーリーは自身の商品価値をアピールしなければならない。
(写真:11日に渡米後、ブルックリンのジムで調整を続けてきた)

 負けは論外。ただ勝つだけではなく、良い内容で観客を魅了する――。
 故郷とはいえ、まだ一度も試合をしたことがない場所で、いきなり真価を発揮するのは容易ではないだろう。条件は厳しいが、新天地で新たな道を切り開くというのはそういうものである。

 そしてその難しい作業をなし得たとき、チャーリーに真の意味での“世界進出”の道が開ける。具体的には、ディベラと複数戦の契約を結び、大舞台での試合をこなし続けるチャンスが手に入るかもしれないのだ。
(写真:八王子中屋ジムの中屋一生プロモーター(左)とチャーリーの弟エリック。多くの人々の夢がチャーリーの背中にのしかかっている)

「人生を変えるかもしれない試合?うん、そうなる可能性もあるよね。17日の興行には多くの人々の視線が注がれることになる。その前で優れたパフォーマンスを披露しなければいけない。もしも自分の力が出せれば、その後には素晴らしいことが待っているはずだと思っているよ」

 そう語るチャーリーは、マディソンスクウェア・ガーデンで持てる力を出し切り、今後に繋げることができるかどうか。
 故郷への凱旋は、ゴールではなく、始まりに過ぎない。チャーリー太田は、3月17日にまた新しいスタートラインに立つことになる。


杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール
1975年生、東京都出身。大学卒業と同時に渡米し、フリーライターに。体当たりの取材と「優しくわかりやすい文章」がモットー。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシング等を題材に執筆活動中。

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