センバツ高校野球が始まり、プロ野球の開幕も間近。いよいよ野球のシーズンが到来した。野球のゲームを行うにあたり、何より不可欠なのは審判だ。彼らが「プレーボール」をコールし、ストライクやボール、アウト、セーフのジャッジを下さない限り、試合は進行しない。NPB(日本プロ野球組織)審判員の名幸一明は、プロ野球選手会が選ぶベストアンパイアに9年連続で選出されている。手に汗握る熱戦を、冷静なジャッジで支える上での苦労や心構えを二宮清純が訊いた。
二宮: 審判は普通にやって当たり前、ひとつでもミスをすればバッシングされる大変な仕事です。そんななか、9年連続ベストアンパイアという結果は素晴らしい。
名幸: しかも現場で一緒にやっている選手が選んでくれたというのはありがたく思っています。最初にベストアンパイアになったは“なんで自分が?”という気持ちでしたが、そこからずっと選んでいただいて徐々に自信もついてきました。

二宮: 名幸さんがジャッジをする上で一番大切にしていることは?
名幸: 1球たりとも、ワンプレーたりとも取り逃しをしないということですね。10球あったら10球すべてを正確にジャッジしたい。人によっては「100%をこなそうと思い詰めると自分を追い込んでしまう。“80%くらいできれば上出来”と考えないとこの仕事は続けられない」とおっしゃる方もいます。でも、大変だけど、僕は100%のジャッジを求めたいんです。

二宮: 完璧を求めていても、どうしてもミスが出る。だからと言って完璧を目指すことを諦めてはいけないと?
名幸: そうですね。僕のジャッジについて、選手からは「初回から9回まで、ストライクとボールを同じ基準でとってくれる」との評価を聞いたことがあります。1球1球に集中して正しくジャッジしようと心がけた結果であれば、うれしいですね。

二宮: 以前、プロで3776試合を裁いた富沢宏哉さんに話を伺ったら、審判に大事な要素として「せっかちでないこと」をあげていました。名幸さんも同じですか。
名幸: その通りだと思います。僕は試合をスムーズに進行するためにはリズムが大切だと考えます。たとえばスリーストライク目の時は、入った瞬間に間髪いれず「ストラックアウト」をコールしたほうがいい。「もう少し間を置いたほうがいい」という意見もありますが、このほうがリズムが出てくると思うんです。

二宮: 確かにあまり間延びすると、バッターやピッチャーに「え? どっち?」と思わせる時間を与えてしまいますね。それがジャッジへの疑念につながっていく……。
名幸: もちろん、あまり早すぎると間違いにもつながるので、最初はワンテンポ遅くコールしても構わないと思います。でも経験を積むなかで、選手にとっても自分にとってもいいタイミングを見つけていく。リズムを良くする上では、ファールボールなどでピッチャーにボールを渡すのにも気を使っています。ピッチャーがボールを欲しがっているタイミングでビュッといい球を投げて渡す。すると、ピッチャーもいいテンポで次の投球に入れるんです。

二宮: だいたいジャッジでもめる試合は試合時間も長くてテンポが悪いケースが多い。そういう細やかな気遣いが、おそらく選手に好感を抱かせるのでしょう。審判は精神的にも肉体的にもハードなポジションです。重いプロテクターを着けて、グラウンドを走り回わります。試合が終わると相当疲れるのでは?
名幸: 球審の場合だと、夏場は1試合で2〜3キロは痩せますね。最近のプロテクターは計量化されていますが、やはりマスクが重いので首が疲れますね。

二宮: もし投球や打球が当たっても、我慢してジャッジしなくてはいけない。あれはツライでしょう?
名幸: キャッチャーはサインを出して、どんな球種が分かっていますから、ワンバンも暴投も予測して備えることができる。でも、こちらはいきなり来るので、意表を突かれてしまうんです。力が入っていない分、余計に衝撃も強いし、痛い。試合中は平気でも、翌日になって痛みが増すこともあります。“何か、今日はおでこが痛いな”と振り返ってみたら、“あ、昨日、マスクにボールが直撃したな”と思い出す……(笑)。

二宮: 至近距離で150キロの速球やファールチップが当たったら、痛いどころの話ではないですね。
名幸: マスクにボールが直撃した時は、突然、大きなボールが目の前に現われて当たった瞬間にチカチカッと目の前で星が飛びます(苦笑)。2、3日は痛みが引きませんね。

二宮: 足や腕に当たってケガをしたことは?
名幸: 一度、足の親指に投球が直撃して骨折したことがあります。外国人のピッチャーが投げたカットボールを、若いキャッチャーが捕り損ねた。140キロくらいのスピードでモロに当たってしまったんです。一応、つま先にカバーをつけていたんですけど、当たり所が悪かった。しかも、また初回だったので、本当に大変でした。痛み止めを飲んでも全く痛みが引かない。なんとか最後までジャッジをしましたが、後で病院で診てもらったら骨にヒビが入っていました。さすがにその後は1週間くらい休まざるを得ませんでしたね。

二宮: 一般のファンの方には、どんなところをチェックしてほしいですか?
名幸: 打球を追いかけたり、カバーリングする範囲の広さや、動きのキレの良さを見てほしいですね。審判もグラウンドではかなりの距離を走っています。いかに早く動いて、いい位置、いい角度でプレーをジャッジしているか。その点に注目していただければうれしいですね。

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