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(写真:KOこそできなかったものの、ポテンシャルの高さを見せつけた井上)

 多くのファンは、スカッとするKO勝ちを求めていたのであろう。最終12ラウンド終了のゴングが打ち鳴らされた直後、場内からタメ息が漏れた。だが私は逆に、“モンスター”と称されるチャンピオンの引き出しの多さに驚かされた。5月8日、東京・有明コロシアムで行われたWBO世界スーパーフライ級タイトルマッチ、井上尚弥(大橋=王者)×ダビド・カルモナ(メキシコ=1位)戦のことである。

 

 1ラウンドから井上は果敢に攻めた。前に出て挑戦者をロープ際に追い込み右の強打を炸裂させると場内は大いに盛り上がる。序盤でのKO勝ちへの期待が一気に高まったが、今回は、そうはいかなかった。

 

 攻撃を続けるのだが、なかなか相手を倒すには至らない。実は、この試合の2ラウンドに井上は古傷のある右拳を傷めてしまっていた。その後、左拳にも痛みを感じるようになったという。翌日のスポーツ紙には、井上がKO勝ちできなかったのは拳を負傷したためとのニュアンスの記事が掲載されていたが、理由は、それだけではなかっただろう。

 

 見せつけた引き出しの多さ

 

 挑戦者のカルモナは、かなりの巧者だった。序盤の猛攻に耐えると、その後は上手に井上との距離をコントロール。隙を見ては、顔面とボディにパンチを打ち分ける。スタミナもあり、ジッとチャンスを待っている様子がうかがえた。一昨年末に闘ったフライ級、スーパーフライ級合わせて王座27度防衛の名王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)と比較しても遜色のない相手だったように思う。カルモナのテクニックが井上にKOを許さなかったのだ。

 

 そんな相手に対して、最終回には意地でダウンを奪い井上は圧勝した。拳を傷めた上になかなか攻め込ませてもらえない状況下でも冷静に、さまざまな闘い方を試していたのだ。打ち合いを挑んだ後には、フットワークを使い左右に相手を揺らすスタイルにチェンジ。終盤にはボディの打ち合いに持ち込んで突破口を見い出そうともしていた。井上は単にパンチ力と勢いで勝ってきているわけではない。実に引き出しの多い選手であることが、よく理解できた闘いだった。

 

 幸い傷めた拳も骨折はしていなかったようだ。よって次回の井上の防衛戦は秋に行なわれることになるだろう。対戦相手はオプションを有している前王者ナルバエスが有力。次も難関ではあるが、井上の実力を考えると、その先への期待が膨らむ。言うまでもなく、“パウンド・フォー・パウンド”の呼び声高いWBC世界フライ級王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)とのスーパーファイトだ。来年には、ゴンサレスが階級を上げることが予想され、そのタイミングで実現すれが面白い。肉体も強化されており、今後の進化が望める“モンスター”井上がラスベガスのリングで輝く日も、そう遠くはなさそうだ。

 

近藤隆夫(こんどう・たかお)

1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実 ~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー ~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『忘れ難きボクシング名勝負100 昭和編』(日刊スポーツグラフ)。

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