(写真:今でも各球場で大歓声を浴びる千両役者が新たなマイルストーンに到達した Photo By Gemini Keez)

(写真:今でも各球場で大歓声を浴びる千両役者が新たなマイルストーンに到達した Photo By Gemini Keez)

 6月15日のサンディエゴ・パドレス戦で2安打を放ち、フロリダ・マーリンズのイチローが日米通算4257安打に到達した。これで“チャーリーハッスル”と呼ばれたピート・ローズを抜き去り、通算安打数で世界1位に浮上。アメリカ国内でもこの偉業は大きなスペースを割いて伝えられている。

 

 その一方で、記録達成の数日前、当のローズがUSA TODAY紙の取材に対し、こんなコメントを残したことが話題になった。

「日本では俺をヒットクイーンにしようとしている。次は高校時代に放った安打でもカウントし始めるのではないか」

 

 引退後は野球賭博に関わってメジャーリーグから永久追放されるなど、ローズは物議を醸す存在であり続けてきた。今回の件に関しても、余りにも大人気ない発言の感は否めない。

 

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(写真:引退後の殿堂入りもすでに間違いない Photo By Gemini Keez)

 ただ、表現が不躾なゆえに批判されたが、“日米通算記録”に関し、ローズと同じ結論を語るファン、関係者は少なくない。日米のレベル差以前に、日程、球場など様々な点で異なる2リーグの記録を、比べるだけでなく合計してしまうのは実際にかなり強引に思える。そんな無理をせずとも、日本、アメリカでのそれぞれの実績を讃えれば良いだけのことではないか。

 

 イチローに関しても、あくまでメジャーでの2500本安打、3000本安打到達の際に大きく取り上げられるべき。そのような意見は米メディアにもあったし、筆者も同じである。

 2013年に日米通算4000本安打を放った際に、当のイチロー本人も「ややこしい数字。両方のリーグの数字を足しているものですから」と語っていた。今回の4257安打を打った後にも、「この記録をゴールに設定したことはない」といった言葉が届いてきた。それらの発言が示す通り、イチローの中にもこの記録に対して微妙な思いがあるのだろう。

 

 偉大なキャリアの大きな節目

 

 ただ……例えそうだとしても、ここでまた1つの到達点を迎え、イチローとその業績に脚光が当たることには大きな意味がある。

「凄い記録だよ。環境の違う2つのリーグでこれほどの数字を積み上げてきたのはほとんど信じられないことだ」

 1970~90年代にセントルイス・カージナルス、ニューヨーク・メッツなどで通算2182安打を放ち、現在はメッツ戦の解説者を務めるキース・ヘルナンデスはそう語る。

 

 その言葉通り、日本、アメリカという2カ国をまたにかけた記録が話題になることはその時点で驚異的だ。環境が変わる中でも、能力、体調の両方を長期に渡って保ち続けた上で初めて可能になる大記録。だとすれば、日米4000本安打の時と同じように、通算4257安打という数字の価値うんぬんを議論するより、偉大なキャリアの1つの大きな節目として祝うべきではないか。

 

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(写真:めったに怪我をしないイチロー。そのコンディショニングは伝説的だ Photo By Gemini Keez)

 ユニークなスキルを誇るヒットマシーンがメジャーに降り立ち、すでに16年が経った。10年連続200本安打(01~10年)、シーズン262安打(04年)といった記録は燦然と輝く。全盛期にチームが勝てなかったことに突っ込みどころはあっても、極めてカラフルなスタイルとパーソナリティを備えたイチローが、メジャーの歴史に残る選手であることに異論はあるまい。

 

 そして、今回の日米通算4257安打、その後に迫っているメジャー3000本安打は、彼の軌跡を改めて振り返り、歓声を送る絶好の機会になるはずだ。

“母の日”があるおかげで、普段は当たり前の存在に考えてしまいがちな母親に感謝を捧げることができる。無限の忍耐で支えてくれたことをふと思い返し、照れることなくカーネーションをプレゼントできる。それと似たように、イチローがマイルストーンに辿り着くたびに、彼が黙々と準備し、コンディションを保ち、アメリカでも日本でも同じようにヒットを積み重ねてきたことを、私たちは改めて思い出すことができる。

 

 日米通算安打はやはり参考記録である。少なくとも記録の面で、現時点でイチローをピート・ローズ(4256安打)、タイ・カッブ(4189安打)と同列に並べるべきだとは思わない。しかし、その記録に到達したイチローはスタンディングオベーションを送られてしかるべき。特に同世代を過ごした多くのファン、関係者にとって、その機会を得られることには特別な意味があるのだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

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