日米のプロ野球が開幕して約1カ月。日本では広島・前田健太のノーヒットノーランや、中日・山本昌の最年長先発勝利など早くも大記録が誕生している。メジャーリーグでもフィリップ・ハンバー(ホワイトソックス)が完全試合を達成したり、49歳のジェイミー・モイヤー(ロッキーズ)が最年長勝利を収めたりと、ピッチャーに関する話題は事欠かない。また日本から鳴り物入りで入団したダルビッシュ有(レンジャーズ)の登板にも注目が集まっている。48歳になる昨季まで現役を続け、卓越した投球理論を持つ工藤公康に、『週刊現代』誌上で開幕から活躍をみせたピッチャーたちを分析してもらった。
二宮: メジャーリーグの公式球は日本製に比べると革が滑りやすく、縫い目のヤマは高いと言われています。ダルビッシュ投手は3年前のWBCの時も制球を乱していたので、“不適合”を心配していたのですが……。
工藤: ダルビッシュ投手の手は体の割には小さいそうなんですよ。僕はここにも彼がメジャーリーグの公式球のコントロールに苦しんでいる理由があると思っているんです。

二宮: 米国製のボールは直径も心持ち大きいと言われていますね。サイズが一回り大きく感じると。
工藤: だから手が小さいとボールを持った時にポトンと落ちちゃうんです。日本の公式球なら多少なりとも手で包み込めるのですが、米国製はそれができない。これによって変化球も制限されるかもしれない。ダルビッシュ投手は十数種類の球種を投げると言われていますが、それはあくまでも日本の公式球での話。米国製だと抜けたり、叩きつけちゃったりすることがあるので、実際には4種類か5種類しか投げられなくなる危険性がありますね。

二宮: 中日の山本昌投手は、15日の阪神戦に46歳8カ月と4日で勝利し、工藤さんが持っていたセ・リーグの最年長勝利投手記録(46歳20日)を塗り替えました。勝ち星こそ、まだ1勝ですが、開幕から安定したピッチングを続けています。
工藤: 10勝以上できると思います。彼のようなタイプはどんどん投げてもらって力が抜けた方がいいピッチングができるんです。もともとスピードで勝負するピッチャーじゃありませんから。

二宮: 逆にボールが遅くなった方が持ち味が発揮できると?
工藤: そうです。本人も「あんまり速いとダメなんです」と言っていましたよ(笑)。

二宮: 開幕戦では東京ヤクルトの石川雅規投手が巨人相手に“あわやノーヒット・ノーラン”という快投を演じました。工藤さんも小柄でしたが、彼は167センチ。同じサウスポーとして、彼のピッチングをどう見ていますか?
工藤: バッターとの間合いの取り方がものすごくうまい。右打者の内角に平気で緩いボールが放れるのは、ここへ投げたらファウルになるとかゴロで打ち取れるとか、全てが見えているんでしょうね。

二宮: ピッチャープレートから本塁までの距離は18.44メートル。その空間を自在に操っていると?
工藤: そういうことです。この前、本人に「究極のボールは?」と聞いたら「マッフォーです」と(笑)。

二宮: 真っすぐのようなフォーク? それともフォークのような真っすぐ?
工藤: さぁ(笑)。おそらく真っすぐの握りで投げて最後はフォークのように落ちるボールのことを言っているんでしょう。これこそ究極の変化球ですよ!

二宮: 開幕戦に勝利し、順調に白星を重ねているのが斎藤佑樹投手(北海道日本ハム)。若干、立ち投げのように見えるんですが結果は出ている。個人的には高校3年時のフォームが好きです。低く沈み込んで、素晴らしく抑制のきいたボールを投げていた。
工藤: 僕も昔のフォームの方がいいと思います。ただ“抜き方”は覚えてきた。力みが消えて気負いなく投げている。ある程度、バッターを抑えるコツを掴んだんでしょうね。

二宮: 工藤さんは昨季、日本一になった福岡ソフトバンクを4位と予想しています。やはり43勝分の穴が大きいと?
工藤: 杉内俊哉投手(巨人)、和田毅投手(オリオールズ)、デニス・ホールトン投手(巨人)と先発が3人抜けましたからね。今季はブルペンの比重が大きくなるでしょう。ピッチャーの好不調は実際の投球を見れば判断できるんです。“このボールが、ここにくると危ないぞ”っていうサインが出ている。それを見逃さないことです。

二宮: 継投に際しては球数や打者との相性よりも、そうしたサインを優先すべきだと?
工藤: 悪いサインが出るというのはコンディションに問題がある証拠。ひとりひとりの診断書をきちんと作って対応する。今後はそういうチームが勝つ時代になるのではないでしょうか。

二宮: 他に気になっているピッチャーは?
工藤: 僕のイチ押しはルーキーの藤岡貴裕投手(千葉ロッテ)。彼のピッチングを見ていると走り込みや投げ込みの成果が現れていることがよくわかります。デビュー戦(4月1日、東北楽天戦)で6、7回あたりからムダな力が抜けて、より体全体を使ったフォームで投げられていた。バテてからフォームがよくなるというのは、いいトレーニングを積んでいる証拠なんです。

<この対談は2012年4月28日号『週刊現代』に掲載された内容を抜粋し、再構成したものです>