160630四人のショット二宮清純: モハメド・アリが6月3日に亡くなりました。アリはスポーツ界のスーパースターだっただけではなく、ベトナム戦争の徴兵を拒否したり、人種差別に反対するなど世界に大きな影響を与えました。そこでボクサーとしてのモハメド・アリ、そして人間としてのモハメド・アリの両面からお話をお伺いしたいと思います。金子さんはアリの訃報に接して、どんな感想をお持ちになりましたか?

 

金子達仁: 今年3月に僕が尊敬してやまないヨハン・クライフが亡くなってショックを受けていた。そしてアリも亡くなってしまって、正直、「またか……」というのが率直な感想です。

 

二宮: スポーツにおける2人の「革命家」を失ってしまったと?

 

160630金子さんワンショット金子: 僕は、アリがいなければクライフもいないと思っています。これは私見ですが、それまでのスポーツの見方は「この選手は同郷だから好きだ、同じ県、州、村の出身だから応援しよう」というものしかなかった。ですがアリは「アリ個人が好き」「アリが嫌い」という人を多数生み出した。クライフもそれに続いた存在だったと思うんです。世界中に信者とアンチを生み出し、スポーツに新しい見方を提供した人だと思います。

 

二宮: サッカー界がクライフ以前、クライフ以降で分けられるようにボクシング界もアリ以前、アリ以降で大きく違っています。ヘビー級でありながらあの軽やかな動きで大男たちを倒していく。ボクシングをエンターテインメントに変えました。ボクシングの英才教育を受けて育った川島会長はいかがでしょう?

 

川島郭志: 子供の頃、アリの試合中継があると、必ず正座して観ていた記憶があります。

 

細くて柔らかいロープ

 

二宮: アリの物語のハイライトとしてあげられるのが1974年10月30日、ザイール共和国(現・コンゴ民主共和国)の首都キンシャサで行われたWBA・WBC世界統一ヘビー級王者ジョージ・フォアマンに挑戦した試合、いわゆる“キンシャサの奇跡”です。

 

金平桂一郎: 僕らの年代は、アリに対して“キンシャサの奇跡”からの記憶しかない。僕は当時、フォアマンが絶対勝つと思っていました。

 

二宮: フォアマンのパンチは「象をも倒すパンチ」と言われていました。

 

金平: この試合でアリは「ロープ・ア・ドープ」という作戦を打ち出すわけですが、結局、フォアマンに滅多打ちされているわけじゃないですか。実況でもアナウンサーが「アリは何をやっているのでしょう」と叫んでいました。

 

二宮: 前半はサンドバック状態でしたね。ただ急所は打たれていない。

 

金平: それでいて突然試合が終わるじゃないですか。「エッ、アリが勝っちゃったの?」というのが、少年時代の正直な感想でした。

 

金子: 僕はボクシング通ではなかったので前評判までは知りませんでした。ただ「ア・リ! ア・リ!」という歓声がすごく耳に残っています。パンチをかわしていただけのアリが、突然パンチをまとめて打ち込んで、フォアマンが前のめりに倒れてしまった。これは何なんだと……。

 

二宮: 今見てもあの瞬間の写真は衝撃的です。WBC世界スーパーフライ級王座を6度防衛した川島会長は“キンシャサの奇跡”をどう分析されますか?

 

160630川島会長ワンショット川島: 先日、改めて試合を見返しました。やはり、フォアマンが打ちまくるわけですよね。まずはアリが“よく耐えているなぁ”という印象です。ところが、いきなり8ラウンドにラッシュをかけ、フォアマンを倒して勝ってしまう。アリは、あの作戦を相当練習していたのだと思います。

 

二宮: 「ロープ・ア・ドープ」はもう全盛期を過ぎていたアリにとって、勝つためにはこれしかないという、苦肉の策ではありました。とはいえ普通のパンチではなく象をも倒すパンチですから……。

 

川島: 僕が注目したのはロープです。当時のロープは細くて柔らかいんです。あと映像を見てみると、上から2段目のロープがちょうどアリのお尻にかかっている。うまく座って、スタミナを温存しながら闘っていた。これは再発見でした。

 

金平: アリはフォアマンの肩をグローブで微妙に抑えていましたよね。

 

川島: はい。顔を逃がしながらうまく肩を抑えていました。あれだとフォアマンはフルパワーのパンチは打てなかったでしょう。こういう細かいテクニックにアリの凄さがあるのだと思います。

 

金平: アリはこの戦いの前に「彼(フォアマン)はすべて序盤で試合を終わらせている」と発言していましたね。

 

二宮: カラカスでケン・ノートンがフォアマンに2ラウンドで眠らされました。その試合をリングサイドで見ていたアリは、「5ラウンドまで行っていたらノートンが勝っていた。フォアマンはスタミナがない」とまくし立てたんです。さらには「オレが負けた相手は左が使えたヤツなんだ。フォアマンには左がない」と言って挑発していました。

 

考え抜いた心理戦

 

金子: とは言え、相手はフォアマンですよ。

 

川島: ええ。あのパンチは相当な脅威ですよ(笑)。でも、アリはうまくロープのバネを使ったり、肩を抑えたり、首を振ってフォアマンのパンチを避けています。

 

二宮: あれはドン・キングのプロモーターとしてのひのき舞台でもありました。ということは「ロープ・ア・ドープ」にキングも一枚噛んでいたということでしょうか。このあたりの事情はプロモーターの金平さんに聞くのが一番いい。

 

160630金平会長ワンショット金平: 彼が恣意的に緩めたかどうかはわかりません。ただ、あの試合はアリへの歓声も含めて、すべてがアリに味方しましたよね。会場がキンシャサという環境だったこともそうです。黒人のために闘ったヒーローのアリが、祖先の国のアフリカに凱旋するというストーリーでしょう。それら全てがアリ陣営の計算だったと言えるでしょう。フォアマンは目に見えないプレッシャーを感じていたんだと思われます。

 

二宮: 試合前、顔を近付けながらアリはフォアマンに「オマエはオレを尊敬していただろ? よく思い出せ」と言っている。もうこれは催眠術ですよね(笑)。

 

 

金子: 逆に言えば、それはアリの怯えだったかもしれない。「ロープ・ア・ドープ」はフォアマンに倒されないための策かもしれない。だが、フォアマンを倒すためには、アリが自分でパンチを出すしかないわけです。

 

金平: もうあれしか選択肢がなかったんでしょう。そのためには催眠術さえ利用した。例えばアウトボクシングでリングを動き回っても、この時のアリだったら、フォアマンに捕まっていただろうと思うんですよ。おそらくアリは1ラウンドで悟った。相手のパンチの威力や圧力、すべてを考えて、やはりこの作戦しかないと、ね。試合開始直後、アリはまず先手を打っているんですよね。

 

160630先生ワンショット二宮: 僕も調べたのですが、アリがフロイド・パターソンやホセ・トーレスらを育てたトレーナーのカス・ダマトに電話して、闘い方を相談したところ「フォアマンに一発先にパンチを入れてビビらせてやれ」と言われたみたいです。一発かましてから守りに入る。いわゆる「ロープ・ア・ドープ」を使うのは1ラウンドの後半からです。いつ、この作戦をスタートするか。この判断はアリ自身に委ねられていたと思います。

 

金平: そこなんです。冷静に周りからアドバイスをもらいながらも、最後は自分で決める。これがアリの凄いところです。

 

二宮: アリはイスラム教に改宗する前、本名のカシアス・クレイを名乗っていました。クレイの時の動きなら、フォアマンに指1本触れさせなかったでしょうね。しかし、キンシャサの時にはもう全盛期のスピードを失っていた。それを知恵と経験で補ったのが“キンシャサの奇跡”の正体だと思います。

 

川島: 1965年5月に世界ヘビー級王者のソニー・リストンと対戦した時は、リストンのパンチがほとんど当たらなかったんですもんね。翌年に再戦しますが1ラウンドで勝負を決めました。

 

二宮: アリとクレイが闘ったらどちらが強いんでしょうか。普通に考えればクレイが勝つでしょう。でも、アリには老いてからの凄みがあった。知恵も経験もあって、勝つためには何でも使う。

 

川島: ところでアリって、常に闘いながら何か喋っていますよね?

 

二宮: 川島会長は?

 

川島: さすがに闘いながら喋ったことはないですよ(笑)。

 

(後編につづく)

 

160701金子さんプロフ(加工済み) 金子達仁 1966年1月26日生まれ、神奈川県出身。スポーツライターとして「28年目のハーフタイム(文藝春秋)」「惨敗二〇〇二年への序曲(幻冬舎)」など著書多数。

 

 

 

 

 

 

160701金平さんプロフ(加工済み)金平桂一郎 1965年11月3日生まれ、東京出身。協栄ボクシングジム創始者である金平正紀の長男。1999年に協栄ボクシングジムの会長職に就く。

 

 

 

 

 

 

160701川島さんプロフ(加工済み)川島郭志 1970年3月27日生まれ、徳島県出身。元WBC世界スーパーフライ級王者。6度の防衛に成功した。現在は川島ボクシングジム会長。

 

 

 

 

 

 

(構成・写真/大木雄貴)