まず安堵し、次に頭を抱える――手倉森監督の心中を察すれば、きっとそんなところか。

 

 たとえばアルゼンチンでは、W杯前の最後のテストマッチをイスラエルと戦い、そこで敗れるのが本大会へ向けての吉兆と見なされていた時代があった。前哨戦、壮行試合の内容は、本番の結果を担保するものでは断じてない。

 

 とはいえ、ここで最悪の試合をしてしまったら、不安いっぱいでリオに乗り込まなくてはならなくなってしまう。監督としては、当然、収穫や手応えを期待する。

 

 この日、選手たちはその期待に見事応えた。というより、応えすぎた。これほど期待に応えられてしまうと、監督としては頭を抱えるしかない。本大会へ連れていけるのは、オーバーエージの3人を除くと、たった15人しかいないからである。

 

 中島は素晴らしかった。矢島も最高だった。大島の冷静さも光っていた。だが、己のリオ行きを確信できている者は、果たしているかどうか。そもそも、手倉森監督の中での答えが出ているかどうか。選択肢の中には海外でプレーしている選手もいる。誰を入れ、誰を外すか。決断し、発表するその瞬間まで、監督の気持ちは揺れ続けるのではないか。

 

 長時間の移動による疲れがあったせいか、南アフリカは試合途中から明らかに集中力を失ってしまっていた。とはいえ、不運な形で喫した先制点をはね返した点は高く評価できる。アジア最終予選で北朝鮮相手にアップアップだったことを思えば、チームのポテンシャルは大幅に底上げされている。特に、チーム全体がフィニッシュのイメージを共有しつつあるように感じられるのは、大いに心強い。

 

 ただ、今回の南アフリカを含めアフリカ勢との対戦が、本番のナイジェリア戦の予行演習になると考えるのはいささか危険である。

 

「君たちの目には同じに見えるだろうが、ナイジェリア人の運動能力は、我々ガーナ人から見ても怪物的なんだよ」

 

 いまから20年近く前、リスボンの空港でばったり出くわしたガーナの、というよりアフリカの英雄だったアブディ・ペレの言葉を思い出す。南アフリカやガーナとナイジェリアを同一視するのは、同じアジアというだけで、イラクと日本を同一視するに等しいということは、肝に銘じておいた方がいい。

 

 ただ、アジア3位だったイラクと日本との間に、天と地ほどの実力差があったわけではないことを考えれば、アフリカ3位の南アフリカを粉砕したことは、胸を張っていい結果である。

 

 居心地のいい日本で出せた結果が、そのまま本番で出せるとはもちろん限らない。けれども、この日のサッカーが披露できれば、五輪でのメダルは十分に手の届くところにある。少なくとも、レスターがプレミアで優勝するよりは、何十倍、何百倍も高い確率である。

 

<この原稿は16年6月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


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