(写真:6月3日のモハメド・アリ逝去後、多くの会場で追悼セレモニーが行われている Photo By Esther Lin/Tom Casino/SHOWTIME)

(写真:6月3日のモハメド・アリ逝去後、多くの会場で追悼セレモニーが行われている Photo By Esther Lin/Tom Casino/SHOWTIME)

 早いもので2016年も約半年が経過した。ボクシング界ではリング外でモハメド・アリ逝去という歴史的事件があったが、リング上での戦いは必ずしも活況を呈しているとは言えない。大半の著名選手たちは顔見せ的なファイトを行うにとどまり、今年を象徴するようなビッグファイトは実現していない。

 そんな中で、ここまで最も輝いたファイターは誰だったのか――。今回は2016年上半期のMVP、最高ファイト、最高KOといった個人賞を独自に選定し、同時に下半期の行方も占っていきたい。

 

 トップランク社の目玉・ロマチェンコ

 

 【上半期MVP】

ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ、WBO世界スーパーフェザー級王者)

 

 ほとんどのスター選手がまだ1試合しかこなしていないが、中でも最大級の印象を残したのがロマチェンコである。

 6月11日、ニューヨークで行われたWBO世界スーパーフェザー級タイトル戦でベテランのローマン・マルチネス(プエルトリコ)を5ラウンドに完全KO。これで7戦目にしてフェザー級に続く2つ目のタイトルを手にし、井上尚弥を上回り、世界最速で2階級制覇を達成した選手となった。

 

 記録面以上に、試合内容の素晴らしさでも各方面から絶賛された。もともと定評あるスキルに加え、スーパーフェザー級に上げてよりパワフルになった感もある。左アッパーから右フックの美しいコンビネーションを駆使し、しぶとさが売りのマルチネスが崩れ落ちるシーンは戦慄的ですらあった。

 

(写真:ボブ・アラム<左端>の大きな期待を浴びるロマチェンコ<左から2番目>。プロの水に慣れ、快進撃はしばらく続きそう)

(写真:ボブ・アラム<左端>の大きな期待を浴びるロマチェンコ<左から2番目>。プロの水に慣れ、快進撃はしばらく続きそう)

「あんな凄いパフォーマンスは見たことがない」

 百戦錬磨のプロモーター、ボブ・アラムもそう感嘆し、今後はロマチェンコをトップランク社の新たな目玉として起用していきたいという。

 

 この28歳のウクライナ人こそが、すでに「パウンド・フォー・パウンド(現役最強)」と語る関係者も出てきている。今後、まずは2014年3月に苦杯を喫したオルランド・サリド(メキシコ)とのリマッチ実現が濃厚。それ以降もいよいよ本格化したスーパーボクサーの行方から目が離せない。

 

 今後も年間MVP候補の試合が続々

 

 4月9日にチャールズ・マーティン(アメリカ)を下してIBF世界ヘビー級王者になった英国の新星アンソニー・ジョシュアは、6月25日にドミニク・ブリージール(アメリカ)を下して初防衛を果たした。ハイペースでリングに上がり、16戦全勝(16KO)という見栄えの良い連勝記録を伸ばし続けている。ただ、この2戦も対戦相手の質はもう一つ。実際には“世界タイトルを持っているトッププロスペクト”という印象もあり、上半期のMVP には選びづらい。

 

 同じ4月9日にはマニー・パッキャオ(フィリピン)がティモシー・ブラッドリー(アメリカ)を破り、“引退試合”を飾った。もっとも、結局は現役続行するとの推測は消えず、早くも10月にエイドリアン・ブローナー(アメリカ)を相手に復帰戦との噂も出ている。パッキャオに“功労賞”的な形でMVP を贈るのはまだ時期尚早だろう。

 

 今後を占うと、注目はWBO世界スーパーライト級王者テレンス・クロフォード(アメリカ)が7月23日にWBC王者ビクトル・ポストル(ウクライナ)と統一戦を行う。WBC世界フライ級王者ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)は9月にWBC 世界スーパーフライ級王者カルロス・クアドラス(メキシコ)への挑戦を企画中だ。この2人の超実力派が来るべき重要試合を印象的な形で制すれば、評価をさらに上がるだろう。

 

 また、結果が読みづらいという意味では今年屈指のカード、WBA、IBF、WBO世界ライトヘビー級王者セルゲイ・コバレフ(ロシア)対アンドレ・ウォード(アメリカ)戦(11月に開催予定)も楽しみだ。この一戦の勝者も、当然のように年間MVPの有力候補となるはずである。

 

 今は幻、ミドル級頂上決戦

 

(写真:T‐モバイルアリーナでの記念すべき初ボクシング興行で、カネロのハードパンチはファンを驚嘆させた Hogan Photos/Golden Boy Promotions)

(写真:T‐モバイルアリーナでの記念すべき初ボクシング興行で、カネロのハードパンチはファンを驚嘆させた Hogan Photos/Golden Boy Promotions)

 【上半期最高KO】

5月7日、ラスベガスサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)対アミア・カーン(英国)

 

 カネロの右カウンターでカーンが轟沈した瞬間――。会場のT-モバイルアリーナはにわかに騒然とした。

 

 現場取材した試合で倒された選手の安否が心配になったのは、筆者にとっても2012年のパッキャオ対ファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)戦以来のこと。このスポーツを愛することに罪悪感を感じる種類のKO劇であり、カーンが立ち上がった際には救われたような気がしたものだ。

 

 相手が体格で大きく劣るカーンだったとはいえ、決めにいったときのカネロのパンチに体重を乗せるうまさは見事だった。ロマチェンコ対マルチネス戦も鮮烈ではあったが、迫力ではこの一戦の結末に及ばない。今年下半期にも劇的なKO劇は生まれるだろうが、去年のジェームズ・カークランド(アメリカ)戦に続き、カネロが2年連続で“KO ・オブ・ザ・イヤー”を獲得してもまったく不思議はない。

 

 余談になるが、25歳の若武者はワンパンチKOに興奮したか、試合直後にリングサイドで見ていたゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)にリングへ上がるよう指示を出した。そこでミドル級最強王者との対戦実現を明言。プロレスまがいのマイクパフォーマンスで場内を沸かせた。しかし……その舌の根も乾かぬ5月24日、カネロは結局はWBC暫定王座を返上してファンを落胆させている。

 

「ミドル級の体で戦えるように準備したい」という名目でゴロフキン戦を来年に延期しながら、9月の次戦では1階級下げ、WBO世界スーパーウェルター級王者リアム・スミス(英国)に挑むという。

 こんな調子では、カーン戦での豪快ノックアウトも比較的すぐに忘れられてしまいそう。それよりも、カネロはゴロフキン戦に対する煮え切らない姿勢の方で取りざたされてしまいそうなのが残念ではある。

 

 バルガス、2年連続のベストバウトか

 

 【上半期最高試合】

6月4日、ロサンゼルス フランシスコ・バルガス(メキシコ)対オルランド・サリド(メキシコ)

 

 メキシカン同士の対戦となったWBC世界スーパーフェザー級タイトル戦が好ファイトとなることは予想されていたことではあった。しかし、この2人が繰り広げたバトルの激しさは希望的観測を上回るほど。スーパーフェザー級のファイトとしては史上2位の合計手数(CompuBoxの数字)を記録した一戦は、結局はドロー判定でバルガスがタイトルを死守している。

 

 多くの大手メディアから年間最高試合に選ばれた昨年11月の三浦隆司戦に続き、バルガスはこれで2戦連続で大激闘を経験したことになる。2年連続のファイト・オブ・ザ・イヤー受賞も有力。ただ、身体への負担も大きいはずで、次戦で三浦とのリマッチを望むのは酷か。多少の休養、あるいは軽めの相手との防衛戦を挟み、三浦との因縁の再戦は来年以降になるのではないか。

 

(写真:バルガス対サリドの域に達しないまでも、サーマン対ポーターもノンストップの激しいアクションだった Photo By Ryan Greene PBC)

(写真:バルガス対サリドの域に達しないまでも、サーマン対ポーターもノンストップの激しいアクションだった Photo By Ryan Greene PBC)

 6月25日に行われたキース・サーマン(アメリカ)対ショーン・ポーター(アメリカ)のWBA世界ウェルター級タイトル戦も一進一退の素晴らしいファイトとなった。実力者同士の好カードに1万2718人の大観衆が集まり、テレビ視聴率も今年のボクシング中継の中ではベストを記録。この成功のあとで、これまで凡庸なマッチメークが多かったアル・ヘイモン主催のPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ) の路線がよりハードに変わっていくことが期待される。

 

 ヘイモンが売り出すスター候補

 

 【上半期でブレイクした選手】

エロール・スペンス・ジュニア(アメリカ、IBF世界ウェルター級2位)

 

 4月16日、エロール・スペンス・ジュニアはクリス・アルジェリ(アメリカ)を5ラウンドに軽々とTKOして名を上げた。アルジェリは過去にパッキャオ、カーン相手にも判定まで粘った選手。そのタフガイを左で弾き飛ばし、3度のダウンを奪った大器はポテンシャルの高さを改めてアピールしたと言って良い。

 

 これでデビュー以来20戦全勝 (17KO)。過去にフロイド・メイウェザー(アメリカ)の目に青あざを擦りつけ、ブローナーをKOしたというスパーリングの伝説ばかりが先走ってきたが、ついにプロのリングでもブレイクした感がある。

 

(写真:新星スペンスは地上波NBCの看板的なボクサーになっていく可能性も)

(写真:新星スペンスは地上波NBCの看板的なボクサーになっていく可能性も)

 強力アドバイザーのヘイモンもこのサウスポーの売り出しに躍起な模様。アルジェリ戦に続き、8月のレオナルド・ブンデュ(イタリア)との挑戦者決定戦も地上波NBCで生中継されるという。目玉選手の不在がアキレス腱だったPBCに生まれた貴重なスター候補。26歳のスペンスの行く手には洋々の未来が広がっている。

 

 4月9日にタフな元IBF世界フェザー級王者エブゲニー・グラドビッチ(ロシア)を4ラウンドTKOで下したオスカル・バルデス(メキシコ)の試合ぶりも出色だった。成長著しいバルデスは、7月23日に空位のWBO世界フェザー級タイトルをマティアス・ルエダ(アルゼンチン)との決定戦で争う予定。25歳のメキシコ人は、スペンスよりも一足早く世界タイトルに辿り着きそうだ。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

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