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(写真:ロンドンのリングは凄まじい熱気に包まれるはずだ)

9月10日 ロンドン O2アリーナ

WBA・WBC ・IBF世界ミドル級タイトルマッチ

 

王者

ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン/34歳/35戦全勝(32KO))

vs.

IBF世界ウェルター級王者

ケル・ブルック(イギリス/30歳/36戦全勝(25KO))

 

 世界ミドル級最強の呼称を欲しいままにする怪物王者ゴロフキンが、次戦ではウェルター級の選手と対戦する――。そんなニュースを聴いて驚いたボクシングファンは多かったのではないか。

 

 最初に獲得したWBAタイトルを16連続KO防衛中のハードパンチャーが、2階級下のブルックの挑戦を受ける。ゴロフキン絶対有利の前評判は当然で、ブルックの身体を心配する声すら出ているのも仕方ない。

 

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(写真:”避けられている”と自称する選手は商品価値が低いだけのことが多いが、ゴロフキンは本当に恐れられている王者の1人だ)

 少なくとも表面上は、この試合は5月7日に行われたサウル・“カネロ”・アルバレス対アミア・カーン戦と似ている。当時はWBCミドル級王座を保持していたカネロが、ウェルター級以上では実績のなかったカーンを壮絶な6ラウンドKOで下した。そのKO劇自体は年間最高ものだったが、このような階級を超えたタイトル戦に難色を示すファンは少なくない。他ならぬ筆者も複数階級制覇より同じ階級内での統一戦に価値を見出す方であり、“飛び級”のタイトル戦はほどほどにして欲しいと常々思っている。

 

 ただ、今回のゴロフキン対ブルック戦に関しては、7月上旬に電撃的に発表されて以降、米国内でネガティブな反応は意外なほどに少ない。“カネロ対カーン戦とは似て非なるもの”という冷静な声も聴こえて来る。その理由は、端的に言って以下の2つなのだろう。

 

・対戦相手のオプションが数多くあった5月のカネロと違い、ゴロフキンは本当に強豪から避けられているため、ビッグファイトの選択の余地に乏しい。

・スーパーウェルター級以上での実績はないとはいえ、ブルックはウェルター級現役最強と目されているエリート無敗王者である。

 

 強過ぎて試合が組めないGGG

 

「知識のあるメディアとファンは、私たちが最高のカードを実現させようと取り組んでいることに気づいているはずだ。カネロ、ビリー・ジョー・ソーンダース、さらにはクリス・ユーバンク・ジュニア戦をまとめようとした。それらが叶わなかった後で、ケル・ブルックこそが最大のビッグネームだったんだ」

 ゴロフキンのマッチメークに関して、K2プロモーションズのトム・ローフラー氏のそんな言葉は大げさではあるまい。

 

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(写真:ゴロフキンの目標は全主要団体のミドル級ベルト獲得)

 ミドル級の全団体統一、強豪一掃を目標に掲げるゴロフキンは、主にタイトルホルダーとの対戦を熱望してきた。しかし、カネロがカーン戦後すぐにWBC タイトルを返上したのを始め、WBO王者ソーンダース、WBA 正規王者ダニエル・ジェイコブスらはゴロフキンとの対戦を望んでいるようには見えない。

 

 一時は英国人コンテンダーのクリス・ユーバンク・ジュニアとの対戦交渉が成立寸前と伝えられたが、結局は条件面で折り合わずに破断に。多くのファイターが“ゴロフキンと戦いたい”と口にはするものの、実際に交渉が始まると尻尾を巻くのが1つのパターンになりつつある。

 

 一階級上のスーパーミドル級に目を移しても、IBF王者ジェームス・デゲールとWBC王者バドゥ・ジャックは年内に直接対決の統一戦を計画しているし、WBO王者ヒルベルト・ラミレスは故障離脱中だ。スーパーウェルター級のWBAスーパー王者エリスランディ・ララ、元WBO王者デメトリアス・アンドレイドは興行価値がゼロに近く、対戦しても大きなイベントにはならない。9月にHBO中継で試合を行いたいゴロフキンには、もう相手をじっくり模索する余裕はない。こんな厳しい状況下で浮上したのが、こちらもビッグファイトを渇望していたウェルター級の雄ブルックだったのだ。

 

 ライト、スーパーライト級時代に2度のKO負けを味わったカーンとは違い、ブルックはまだ底を見せてはいない。もともとウェルター級としては大柄ゆえに、ゴロフキン相手でもサイズ的にはミスマッチとは言い切れない。

 

 ノーペイン、ノーゲインのNO.1対決

 

 2014年8月にはブルックはこちらも大柄な当時のIBF世界ウェルター級王者ショーン・ポーターに堂々と判定勝ち。年齢的にも脂が乗ったブルックを、筆者も現役ウェルター級最強と高く評価してきた。そんな選手のミドル級挑戦に対し、カーンがカネロに挑んだとき以上の可能性をファンが感じているのは当然なのだろう。

 

「(ブルック側の)エディ・ハーン・プロモーターがアイデアを持ち込んできたとき、素晴らしいプロモーションになると思った。ハーンがブルックにオファーし、2時間後にはブルックから承諾が得られた。そして2日後には契約が成立した。ファイター同士が戦いたいと思っているのなら、実現させるのは難しいことではないんだ」

 14日にニューヨークで開催されたキックオフ会見の際、ローフラーはそう説明していた。全階級を通じても最もリスペクトされている怪物パンチャーへの挑戦を即決したブルックの度胸は実際に見上げたもの。最近流行のキャッチウェイトを要求するのではなく、160パウンドのミドル級リミットでの真っ当なタイトルマッチであることも好感を持たれている一因に違いない。

 

 5月のカネロ対カーン戦は様々な意味で強引で、エキジビションの匂いすら漂うミドル級タイトル戦だった。それに引き換え、9月のロンドン決戦はミドル級とウェルター級のNo.1同士が激突する頂上対決。どこかオールドファッションな趣があるファイトゆえ、この試合はマニアからも好評を博しているのだろう。

 

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(写真:2階級上の無敵王者に挑むブルックは大番狂わせを起こせるか)

「最高の選手を相手に自分を試したい。そしてトリプルG(ゴロフキンのニックネーム)こそがベスト。私には彼を倒すのに十分な力があると信じている」

 14日、ニューヨークの記者たちに囲まれ、ブルックはそう決意を述べていた。

 

 現実的には、やはり挑戦者の勝利を予想する関係者、メディアはほぼ皆無なのが事実ではある。ブルックがスキルと地元の利を生かして善戦はすることはあっても、最終的にはやはりパワーと身体の厚みで勝るゴロフキンの後半ストップ勝ちか判定勝利が妥当な線。初めて体感するミドル級王者のパワーの前に、ブルックが中盤までに沈んでも驚くべきではないのだろう。

 

 だが例え結局は惨敗を喫したとしても、カネロ、ユーバンクらが尻尾を巻いた後で、無敗レコードが傷つくのを恐れず、あえて怪物に挑んだブルックの気概は讃えられるに違いない。また、ゴロフキンの方にとっても、アメリカの東西両海岸で人気者となった後で、最近は大変な活況を呈するイギリスのマーケットに乗り込む意味は大きいはずだ。

 

 完全アウェーの状況下で、“勝って当たり前”のやりづらいファイトに臨むゴロフキン。短い準備期間で2階級上のモンスターに挑むブルック。“ノーペイン、ノーゲイン(痛みなしには何も得られない)”。すべての後で、少なからずのリスクを背負った両者にとって、今回の試合が何らかの意味のある結末を迎える可能性は決して低くないように思えてくるのである。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

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