(写真:田中将大は奮闘しているが、ヤンキースの今季のプレーオフ進出はすでに難しくなった Photo By Gemini Keez)

(写真:田中将大は奮闘しているが、ヤンキースの今季のプレーオフ進出はすでに難しくなった Photo By Gemini Keez)

 8月1日から始まったサブウェイシリーズ――。ヤンキース、メッツというニューヨークのチーム同士が激突する4連戦は、例年通り2球場に多くの観客を動員した。しかし、ヤンキースのクラブハウスに漂う雰囲気は普段とはかなり違うものだった。

 

 1日に迎えたMLBトレード期限を前に、105マイルの速球を投げるアロルディス・チャップマン、今季も球宴に選ばれたリリーフ左腕アンドリュー・ミラー、22本塁打を放っていたカルロス・ベルトラン、7勝を挙げていたイバン・ノバといった主力を次々と放出。今季の優勝をあきらめ、“チーム解体”と呼んでも大げさではない大掛かりなファイヤーセールを敢行した。見返りに数多くの若手プロスペクト(有望株)を獲得し、このチームらしくない方法で将来に備え始めたのである。

 

「白旗をあげたわけではない」。7月25日にチャップマンをトレードした際には、ブライアン・キャッシュマンGMはまだそう語っていた。しかし、31日まで地区最下位レイズとの3連戦に3連敗。この時点で52勝52敗となり、首位に7ゲーム、ワイルドカードまで5.5ゲーム差を付けられてしまった。ここでフロントはついに決断を余儀なくされたのだろう。

 

(写真:36歳になったCCサバシアにももう往年の力はない Photo By Gemini Keez)

(写真:36歳になったCCサバシアにももう往年の力はない Photo By Gemini Keez)

「このチームは向上し、勝ち星を重ね始めていた。しかし、そこで再び不安定になり、タンパベイで(のレイズ戦で)3連敗を喫してしまった。プレーオフに出るようなチームならそんなことはないはずなんだ」

 ミラー、ベルトランをトレードした後の会見では、GMはそう語って今季のヤンキースの力不足を認めていた。一連の動きの後で、過去4年間で3度目のプレーオフ逸は確実。だとすればベテランを起用し続ける理由はない。今後、長くチームの看板だったアレックス・ロドリゲスの契約バイアウト(買い取り)も近いと囁かれる。今年で契約切れのマーク・テシェイラの立場も微妙。特にロースターが拡大される9月には、消化ゲームの中で多くの若手選手たちが登用されるに違いない。

 

 ヤンキースが売り手にまわる姿を目の当たりにして、ふと寂しさもよぎる。かつて、このチームは強かった。毎年のようにオフ、シーズン中に大型補強を重ね、常勝軍団はプレーオフ争いに絡み続けた。

 

「長きに渡り、常に優勝が狙えるチームであり続けたことを誇りに思っている。素晴らしい時代を築いてくれた。今やろうとしていることを恥ずかしく思う必要はない」

 キャッシュマンの言葉は余りにも正しい。新陳代謝の激しい米スポーツ界において、過去23年は常にポストシーズンへ進出するか、少なくとも9月までプレーオフが狙える位置にいたことは驚異である。“悪の帝国”というやっかみの形容は、裏を返せば周囲のライバルからの最大限のリスペクトだった。

 

 戦力均衡化が進むMLB

 

 しかし、近年のMLBは完全に戦力均衡化の方向に進みつつある。贅沢税、収益分配、ドラフト選手&海外FA 選手への投資額制限など、小規模マーケットチームの救済政策は確立されていく一方だ。おかげでヤンキースのような金満チームのアドバンテージは目減りしてしまった。結果として、昨今のメジャーでは、大物FA選手より、将来有望なプロスペクトの存在が重要視されるようになった。

 

「過去と比べて、チーム作りの戦略は変わってきた。スーパーチームを作るためには幾つかの方法がある。ヤンキースは常にスーパーチームを目指す。2009年以降はワールドシリーズを制することができていないが、最善の結果を夢見て、努力をしていかなければいけない」

 キャッシュマンが示唆した通り、昨季に上位進出したロイヤルズ、メッツ、カブスらは主に自前の若手を育てることで成功したチームだった。

 

 度重なる成功例を見せつけられた後で、“再建”はヤンキースにとっても当然の決断といえばそれまで。しかし、常勝の重圧がかかるニューヨークのような街で、一時的にでも低迷を覚悟するのは簡単なことではない。チーム幹部の一部が最後までシーズン中の解体に反対したと言われる中で、思い切ってリセットボタンを押したのは勇気のいる選択だったに違いない。

 

 こうして、再建という歴史的決断を下したヤンキース。今後、フロントがどうチーム作りを進め、ファンが“やり直し”をどうサポートしていくかに注目が集まる。

 

(写真:ロドリゲスがヤンキースでプレーするのもあとわずかか Photo By Gemini Keez)

(写真:ロドリゲスがヤンキースでプレーするのもあとわずかか Photo By Gemini Keez)

 一連のトレードで10人以上の若手選手を獲得し、その中にはグレイバー・トーレス遊撃手、クリント・フレイザー外野手、ディロン・テート投手、ジュスタス・シェフィールド投手といった評判の好素材が含まれる。グレッグ・バード外野手、アーロン・ジャッジ外野手、ルイス・セベリーノ投手、ゲイリー・サンチェス捕手、ホルヘ・マテオ遊撃手といった多くの自前の選手を含め、ここでヤンキースが抱えるプロスペクトの層は一気に厚くなった。

 

 現時点で、MLB.comのプロスペクト・リストのトップ100に7人(メジャー最多タイ)のヤンキース選手が含まれている。これらの若手を大物をトレードで獲得する見返りに使うこともできるが、それよりも、しばらくは大事に開花を待つのも良い。ここで我慢すれば、チームの給料総額を控えめにすることも可能になるからだ。

 

 カブス、レッドソックス、レンジャーズなどが成功したように、自前の若手コアを基盤にチームを作り、必要に応じてベテランに大枚を叩く方向性がベスト。振り返れば、それこそが“コアフォー”(デレック・ジーター、アンディ・ペティート、マリアーノ・リベラ、ホルへ・ポサダ)時代のヤンキースが取り組んだチーム作りだった。

 

 “スーパーチーム”に戻るため

 

 今から若手を育て、主力にできる選手を選別していく。同時に緊縮財政を進めていけば、数年後には再びの大補強も可能になる。キャッシュマンの頭に、“収穫の時期”として、ブライス・ハーパー(ナショナルズ)、ホセ・フェルナンデス(マーリンズ)、マニー・マチャド(オリオールズ)、クレイトン・カーショウ(ドジャース)らが一斉にFAになる2018年オフが頭にあることは想像に難くない。

 

(写真:数少ない生え抜きレギュラー野手、ガードナーは今季も打率2割5分台ともう一つ Photo By Gemini Keez)

(写真:数少ない生え抜きレギュラー野手、ガードナーは今季も打率2割5分台ともう一つ Photo By Gemini Keez)

「キャッシュマンとフロント陣はこのチームをより良い方向に導こうとしている。長い目で見て、良いチームになるだけではなく、優勝が狙えるチームにしようとしている。ワイルドカード戦で1試合勝つだけではなく、私たちの目標は優勝なんだ」

 ジョー・ジラルディ監督のそんな言葉通り、今季のヤンキースも最後までワイルドカード争いに絡むことはできたかもしれない。しかし、チャンピオンになる可能性を感じさせるチームではなかった。

 

 向上への鍵が自身に足りない部分を認識することだとすれば、今のままでは勝てないと認めたのは評価できる。同時に多くの有望株を手に入れたのだから、普段はせっかちなファンも近未来に希望を抱けるだろう。

 

 従来のチーム作りから脱却したヤンキースが、再び“スーパーチーム”に戻るために歩み始めた。1つの時代の終わりは、新たな始まりでしかない。激動のトレード期限が、いつか“あれが復活への第1歩だった”と振り返られることになる可能性も十分にあるはずである。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。

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