160801aliven5「スポーツの指導者から学ぶ」は、株式会社アライヴンとのタイアップコーナーです。スポーツ界の著名な指導者を招き、アライヴンの大井康之代表との対談を行い、指導論やチームマネジメント法などを伺います。

 今回は、一時は「再起不能」とまで言われた全日本女子バレーボールを立て直した柳本晶一さん。アテネ、北京五輪2大会連続出場へと導き、ロンドン五輪銅メダル獲得の礎をつくった指導哲学について迫ります。

 

 流れを見極める

 

大井: バレーボールではタイムアウト中に監督が選手たちに指示を送ったり、発破をかけている姿を見かけます。状況に応じた作戦や激励の言葉は瞬時に浮かんでくるのでしょうか。

柳本: 時間は限られていますから、技術的なアドバイスはワンポイントです。メンタル面にも触れますが“モチベーションは高い”と感じたら、技術面に重きを置く。そこは見極めてから指示を出しています。

 

160801aliven3大井: その選択によって、流れが変わったり、選手の力を引き出すことができると。

柳本: 日頃から練習でやっていることをいかに試合で出せるかなんです。「いつもやってきただろ?」と。日頃の練習でやってきたこと、乗り越えてきたことを言う。そんな場面で絶対ネガティブなことを言ったらダメ。腹の中は“何をやっているんや”と思っていたとしても、それは絶対に見せません。

 

二宮: ひとつに絞ってピンポイントでアドバイスを?

柳本: バレーボールはインプレー中にボールが静止してはダメな競技です。“持てない、投げられない、止められない”。だからリズムがものすごく大事なんです。

 

大井: タイムの取り方ひとつで流れは大きく変わるわけですね。

柳本: そうです。タイムを取るということは、こちらの流れが悪い。つまりこっちが1本手前で取っておけば相手に傾いた流れを止められるんです。

 

二宮: 悪くなってからタイムを取ってもダメなんですね。その前に手を打つと。

柳本: ええ。一番監督としてダメなのは、迷う時ですね。結果的には選手を信じているんですよ。でもゲームは生き物ですから“ここを踏ん張ればアイツらはやってくれる”と思うのは絶対ダメですね。選手は信頼しても信用したらアカン。最悪の状況を考えてタイムを取らなきゃいけません。

 

 大切なことは「素直な心」

 

大井: これまで柳本さんは数多くの選手を指導されてきましたが、トップアスリートに必要な資質とは何でしょうか?

柳本: 素直さですね。そういう姿勢でないと、あんなに真っすぐ頂点を狙いには行けません。ビジネスに置き換えると、入社したての社員は「この職場に行きなさい」と言われると「はい」と2つ返事で従うでしょう。それが 10年経つと“嫌な先輩がいる”“職場が厳しい”と、いろいろ情報が入ってきて、簡単には「はい」と言わなくなる人もいるんです。

 

二宮: 初めの頃の純粋さ、ひた向きさが失われつつあると。

柳本: しかしトップアスリートは 10年経っても乾いた砂に水がスーッと入るように「はい」と言える。何の曇りもなく、とにかく素直ですよ。

 

160801aliven4二宮: なるほど。その意味では人間、追い詰められた時の方が素直になれるのかもしれませんね。

大井: 僕もそうでした。思い切って創業に踏み切ったことがラッキーだったと言えるかもしれません。

柳本:  “これしかない”と腹を括っているからこその強みはあると思います。

 

 感謝の想いが成長に繋がる

 

大井: やはり日本代表になるような選手たちにはそれなりの覚悟が必要だということでしょうか。

柳本: 僕は「日の丸は故郷」だと思っています。ある時、「いただきます」と言う選手たちに「誰に対して言うてるんや?」と聞いたことがあります。すると選手たちは温かいご飯をタイミング良く出してくれたことに感謝しているという。

 

二宮: それではダメだと?

柳本: はい。食宅に並んでいる魚は目の前にあるもではありません。海で泳いでいるものを釣った人がいます。釣るための道具を作った人もいます。魚が卸されるまでに関わった人がいて、最後に調理されて目の前に来ているんです。そのすべてに対する感謝を噛み締めるぐらいでないといけません。

 

二宮: それほど背負うものが大きいということですね。

柳本: バレーボールは、みんなの魂なんです。それを指先一本で表現できるのは、ボールを触っている自分ひとりしかいないんです。スパイク、サーブ、レシーブすべてに気持ちを込める。そのぐらいの一生懸命さがあれば、選手は伸びていくし、観ている人にも伝わります。毎日練習したからうまくなるものではなく、そこに気持ちを入れないと絶対ダメなんですよ。

 

「指導者は跳び箱」

 

二宮: 女子選手を指導する上で特に意識していたことは?

柳本: 明日変われるのは選手で、変えてあげられるのは指導者だと思うんです。僕は「(限界の) 20センチ先のボールを取れ」と理不尽なことも言いました。すぐにはできませんが、高い目標を持たせることによって1ミリずつでも伸びていく。それぞれに成長速度は違いますが、いつか 20センチ先を取れる日が来るんです。

 

二宮: なるほど。目標設定が大事だと。

柳本: だから僕は「指導者は跳び箱」だと言うんです。3段跳べる人に対して、いきなり5段にして跳ぶ人もいれば4段にチャレンジする人もいる。いずれにしても目の前に必ず先の目標を設定してやることです。

 

160801aliven2二宮: 大井社長も社員の方に“跳び箱”を設定するのでしょうか?

大井: いきなり7段に設定してしまうかもしれません(笑)。それは冗談ですが、徐々に上げていくのがいいんでしょうね。ところで伸びる選手と伸びない選手の違いはなんでしょう?

柳本: まずは当たり前のことを当たり前にやり続けることがすごく大事です。そこから現状維持のままの選手と、余裕ができて周りが見えてくる選手と分かれる。周りが見られる選手にならなかったら絶対にうまくならないですね。“教えられたことは忘れるけど、盗んだものは忘れない”。僕も現役時代は猫田(勝敏)さんというライバルがいて、この人に勝とうと思ったら徹底的に技術を盗むしかなかったんです。

 

二宮: 向上心があるからこそ、そこに行き着くのでしょうね。この点は先天的なものがあるのでしょうか?

柳本: これもセンスだと思いますね。人生の曲がり角で気付くかどうかですね。僕はよく「人生は(大阪)環状線」に例えて話すんです。大阪駅を起点に大阪市の都心部を環状運転する電車ですよね。もし大阪駅で乗り換えれば東京にも、九州にも行けます。だけどそこで二の足を踏んだら、同じところを乗ったまま、ぐるぐる回るだけ。人との出会いもそういうものです。皆さんも“大阪駅”に出会っているはず。その時に踏み切れたかどうかなんです。

 

二宮: 大井社長は、いかが思われますか?

大井: 今は忍耐ですね(笑)。柳本さんのように的確なアドバイスができるようになりたい。社員を伸ばせるか伸ばせないかは社長の器だと思いますので、是非その力を身に着けたい。そのためにも緻密な戦略と計画を立てないといけませんね。

 

160801aliven柳本晶一(やなぎもと・しょういち)プロフィール>

1951年、大阪府生まれ。現役時代のポジションはセッターで全日本代表でも活躍。 80年から選手兼監督として指導者生活をスタートし、 03年に全日本女子代表監督に就任した。アテネ五輪、北京五輪では2大会連続5位に入った。 10年には五輪出場経験者らと「アスリートネットワーク」を立ち上げ、次世代にスポーツの魅力を伝えていくなど幅広く活動している。

 

(写真/金澤智康、構成/杉浦泰介)


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