新人ながら新人とは思えない安定感を見せている投手がいる。広島のドラフト1位ルーキー・野村祐輔だ。ここまで13試合に先発登板し、勝ち星こそ5勝(3敗)ながら、12試合で6回以上を3自責点以内で投げ切るクオリティ・スタートを記録している。その好内容が買われ、今回、リーグではただひとり新人でオールスターゲームのメンバーにも選ばれた。177センチ、78キロとプロでは小柄な部類で、目を見張るような剛速球や変化球もない。それでも1年生右腕が経験豊富なプロの打者を抑えられる理由はどこにあるのか。二宮清純が本人に訊ねた。
(写真:「常にリラックスしている」とマイペースな部分も新人離れしている)
二宮: 野村さんのピッチングを見ているとまずフォームがしなやかで無理がない。これは誰かに教わったものですか?
野村: 誰かに教わったり、参考にしたわけではなく、自分の一番投げやすいフォームを考えながら投げていたら、今のかたちになりました。高校時代から大きくは変わっていないと思います

二宮: フォームで一番気をつけている点は?
野村: 左肩が開かないようにすることですね。開くとボールがバッターから見やすくなりますし、回転も悪くなる。しっかり前で我慢できるよう気をつけています。

二宮: 決して体は大きくないのに、ボールの質が素晴らしい。バランスを重視して、体全体の力がボールに乗り移っているように映ります。
野村: コントロールとキレが生命線なので、バランスを崩すような全力投球はしていません。もちろん三振が取れればいいですけど、とりたてて速い真っすぐがあるわけでもないので、最初から最後まで打たせて取ることを心がけています。

二宮: 何よりコントロールがいい。低めに抑えの効いたボールがビシビシ決まっています。
野村: 高めに浮くと飛ばされるので、低めにボールを集めたいと思って投げています。そのほうが打たれる確率は低いですから。

二宮: 野村さんのピッチングを見ていると“投げる精密機械”と言われたカープOBの北別府学さんを思い出します。北別府さんは、たとえば右打者のインコースにもスライダーを投げ、ボール1個分の出し入れをして相手を牛耳っていました。野村さんにも似たようなところがありますね。
野村: そんなにたくさんは投げないですけど、右バッターには有効なボールですよね。バッターからしてみれば、スライダーは外へ逃げるものだという考えがあるから、それを逆に利用するんです。また左バッターに同じスライダーを投げるとバックドアになる。これも相手には外から入ってくるイメージがないので結構、うまく使えています。

二宮: 実は、もともと左利きだそうですね。マリナーズの岩隈久志投手も左利きで右投げです。
野村: 最初は投げるのも左だったそうですけど、亡くなった祖父が2歳の時に初めて買ってくれたグローブが右利き用で、右投げで野球を教えてくれたんです。打つ方も右になりました。今は食事だけ左で、字を書いたり、投げるのは右になっていますね。

二宮: シーズンがスタートして約3カ月が過ぎました。プロの世界をどう感じていますか?
野村: 厳しい世界ですね。結果が出ないと代わりはいくらでもいる。常に危機感を持ってやっています。

二宮: 実際にバッターと対戦して、すごいなと驚いた選手は?
野村: (北海道日本ハムの)稲葉(篤紀)さんです。打席から迫力というかオーラを感じました。投げていて、とても緊張しましたね。
 あとアマチュアでは外国人と対戦するケースがないので、それも大変ですね。少しでも失投すると遠くへ飛ばされてしまう。(中日のトニ・)ブランコにはホームランを1試合に2本打たれてしまいましたし、その点は気をつけなくてはいけないと感じます。

二宮: 同年代にはエースの前田健太投手もいます。一緒に練習をしていて参考になった点は?
野村: マエケンさんとは同じ練習をしていますけど、取り組む姿勢がすごいですね。集中するところは集中して、オンとオフのバランスがいい。

二宮: 野村謙二郎監督に話を聞くと、「修正能力が素晴らしい」との答えが返ってきました。試合中に牽制のクセを指摘したところ、すぐに改善したとか。
野村: 監督からは「牽制のパターンが決まっているから、変えたらどうだ?」とアドバイスを受けました。たとえばの話ですが、セットから大きくモーションに入ったらホームで、小さく入ったら牽制というパターンが一定になってしまっていた。それは注意すれば変えられる部分なので、すぐにできましたね。

二宮: サラッと話していますが、指摘されると、かえってピッチングを崩す選手も少なくない。そこが野村さんの大きな長所だと感じます。
野村: そうなんですかね? 僕の場合、完璧に相手を抑えられるタイプではありません。高校時代からランナーを背負って投げることも多かったんです。ただ、中井(哲之)監督から「いくら打たれても、ランナーを還さなきゃいいんだ」と教わったことが基本になっています。牽制とか、そういうところがきちんとできないと勝てないと自覚しているので、自分で自分の足を引っ張らないようにやっているだけです。

二宮: ピッチングでも普段の練習でもルーティンを大事にしていると聞きます。これも並の新人では、やろうと思ってできることではありません。
野村: ルーティンと言えるものか分かりませんけど、いつもやっていることを続けているだけですよ。私生活でも練習でも「今日はあれしてみよう、これしてみよう」と新たなことを試すのも必要ですが、基本は変えないのが大切ですね。調子が良くても悪くてもリズムは同じにしたいと思っています。
(写真:食事の摂り方にも気をつけ、時間をかけて多くの量を食べるようにしている)

二宮: ピッチャーの理想形を、どこに置いていますか?
野村: 一番、信頼されるピッチャーになることですね。ベンチからもファンのみなさんも、誰が見ても「野村が投げれば安心だ」「野村しかいない」と思われる存在になりたいです。

<現在発売中の講談社『週刊現代』7月14日号では二宮清純レポートとして野村投手の特集を5ページに渡って掲載しています。あわせてお楽しみください>