出会って間もなかったころの中田英寿さんに聞いたことがある。

 

「自分のことを、世界で何番目の選手だと思ってる?」

 

 まだ多くの日本人にとってW杯が目標ではなく憧れでしかなかった時代である。だから、返ってきた答えに、思わず嬉しくなってしまったことを覚えている。少し考えた末に彼が口にしたのは、まだ頂点までには距離があるものの、これからの頑張り次第では十分に手が届くのでは……と思わせる数字だったからだ。

 

 以来、時には取材の場で、時には酒を飲みながら、わたしは同じ質問をぶつけ続けた。そして、そのたびに彼は真顔で数字を口にした。ペルージャの時、ローマの時、そしてボルトンの時。少しずつ、しかし確実に、数字は小さくなっていった。

 

 中田さんが皮膚感覚として持っていた世界との距離感は、やがて、多くの日本人によって共有されるようになる。W杯出場は夢から目標、さらにはノルマへと変わり、そこで勝てるかどうかが問題とされるようになった。

 

 個人が切り開き、つかみとった自信を集団のものとしていく流れは、その後、本田によって引き継がれた。オランダからロシア、そしてイタリアとステップアップしていくことで、本田自身、どんどんと化けていった。

 

 そう考えると、今回のW杯アジア最終予選は、過去の予選とはいささか毛色が違ったものになるかもしれない。

 

 というのも、98年以降、アジア予選を戦った日本代表は、常に「史上最強」の日本代表だった。史上初めてセリエAでプレーする選手が生まれ、史上初めて海外でプレーする複数の選手が代表に名を連ね、史上初めて先発全員が海外のチームに所属しているようになり……4年前より進化した状態で予選を迎えるのが常となっていたのだ。

 

 今回は違う。右肩あがりを続けてきた本田の市場価値は、ここ4年で停滞、もしくは下降線を描いた。マンチェスターUからドルトムントに戻った香川も、見方によっては都落ちである。これまでの流れでいけば、レアルやバルサ、バイエルンやプレミアのトップクラスで主力を張る選手が出てきてほしいのだが、いまのところ、その気配はない。

 

 これまで縮む一方だった日本人と世界の距離は、この4年間、ほとんど変わらなかった。となれば、急成長を続けるアジアの対戦相手が、以前よりも日本との距離を近く感じる可能性は、十分にある。

 

 ほぼJリーガーのみで構成されたリオの五輪代表は、初戦のナイジェリア戦はともかく、コロンビアとスウェーデンを完全に押し込んだ。成長著しいアジアの力といえども、まだ日本を倒すほどではない、とわたしは見る。

 

 けれど、覚悟はし、楽しみにしている。今回の最終予選が、素晴らしくスリリングなものになることを。

 

<この原稿は16年9月1日付『スポーツニッポン』に掲載されています>


◎バックナンバーはこちらから