2大会連続で入賞者なし 〜陸上・女子マラソン〜
5日、女子マラソンがロンドン市内のバッキンガム宮殿前のマルを発着点に行なわれ、残り約2キロのところでラストスパートをかけたティキ・ゲラナ(エチオピア)がトップでゴール。シドニー五輪で高橋尚子がマークした2時間23分14秒の五輪記録を上回る2時間23分07秒の好タイムでエチオピア人としては1996年アトランタ大会のファツマ・ロバ以来、2人目の金メダリストとなった。いずれも五輪初出場の日本人3人は、木崎良子(ダイハツ)が16位、尾崎好美が19位、重友梨佐(天満屋)は79位に終わった。
今レースは五輪史上最もタフなレースと言っても過言ではなかった。五輪では史上初の周回となったコースは、約100カ所ものカーブ、車1台分しかない狭い路地、そしてバランスを崩しやすい石畳があるという稀にみる複雑さを擁していた。さらに前半は14度という気温の中、横殴りの雨が降るというマラソンにとっては悪条件が揃う。そんな中、英国王室の儀式を行なうために20世紀前半に造られた通り「ザ・マル」からスタートした五輪8回目となる女子マラソン。最初の1キロを3分30秒と各選手がレース展開の様子を探りながらのゆっくりとしたペースで始まった。
雨は激しさを増し、路面にできた大きな水たまりがランナーたちを困らせた。さらに道幅によって横に広がったり、縦に伸びたりと集団のかたちが変化することで体力を奪われたのか、予想以上に早い段階でトップ集団の人数が絞られていく。その中で重友、尾崎、木崎の日本勢3人はトップ集団の前方に位置し、まずまずの走りを見せた。特に重友は自分の前に他のランナーがいない場所をキープし、位置取りの巧さを見せた。
しかし4.2キロ地点、2回目のトラファルガー広場を過ぎた頃には、その重友が徐々に後方に下がって行き、日本勢3人が集団の中心にかたまって走るかたちとなった。その後、8キロ過ぎには第2集団になりつつある第1集団の後方に3人の姿が見えていた。その時点ではそろって30位前後に位置していたが、重友が徐々に遅れをとりはじめ、10キロを過ぎたあたりでは53位にまで下がった。
だが、2度目のマラソンとなった今年1月の大阪国際女子マラソンで歴代9位の好タイムで優勝した重友が本領を発揮するのはここからだった。脅威の粘りで先頭集団に追いつくと、約15キロ地点では尾崎とともにトップ集団の先頭に立ってみせた。一方、木崎はペースを変えることなく、冷静な走りで集団の中央を位置をキープしていく。
一度はトップに躍り出た重友と尾崎だったが、それは長くは続かなかった。ややペースが上がる中、徐々に後退していく尾崎と重友。重友は再び集団から離れていき、19キロ付近ではトップと12秒もの差をつけられる。さらに尾崎も木崎とともに20キロ手前で第2集団へと移り、20キロ地点でのトップとの差は木崎4秒、尾崎5秒、そして重友は19秒、距離にして100メートル近く離されてしまった。
今大会最速タイムとなる世界歴代2位の記録をもつリリア・ジョブホワ(ロシア)が22キロを過ぎたあたりで、気温の低さが影響したのか、右の太腿を押さえながらストップしてしまうなど前半で4人が棄権した今レース。予想以上の厳しい展開となる中、レースが大きく動いたのは24キロ過ぎだった。やや下り坂となったところで、ケニア、エチオピア勢の計6人がペースアップし、他選手をふるい落とした。
しかし、28キロ手前でエチオピアの1人が遅れをとり始め、先頭集団は5人となる。28〜29キロは1キロ3分10秒と男子並みのペースへと上がっていった。この頃、先頭から大きく離された日本勢3人の表情からは疲労が色濃く見え始めてきていた。その後、エチオピアのティルネシュ・ディババが遅れ始め、メダル争いは4人に絞られたかに見えた。するとロシアのタチアナ・ペトロワが驚異的な追い上げを見せ、先頭集団に入る。逆に昨年の世界選手権金メダリスト、エドナ・キプラガト(ケニア)が後退していき、トップの顔ぶれはケニア2名、エチオピア1名、ロシア1名となった。
3000メートルでは8分44秒とアフリカ勢に劣らないスピードをもつペトロワは、35キロの給水ポイントで先頭に立ち、金メダルへの執念を見せた。だが、38キロ地点の下り坂に入ると、アフリカ勢3人がペースを上げ、ペトロワは少しずつ離されていった。だが、ペトロワは上りに入ると再び追いつき、3人の背後から虎視眈々と表彰台を狙っていた。
すると、41キロ付近でメアリー・ケイタニー(ケニア)が遅れたのとほぼ同時に、ゲラナがスパートをかけた。昨年まではほぼ無名だったゲラナだが、今年4月のロッテルダムで2時間18分台の記録をマークし、金メダル候補の一人として注目されていた。そのゲラナに昨年の世界選手権銀メダリストのプリスカ・ジェプトゥー(ケニア)が必死に食らいつこうとする。一方、ペトロワはこの突然のペースアップについていくことができない。結局、そのままケイタニーが逃げ切り、トップでゴール。2時間23分07秒の五輪記録でエチオピア勢では2人目となる金メダルに輝いた。
バルセロナから4大会続いたメダルが途切れ、入賞者さえも出すことができずに終わった北京。その4年前の雪辱を果たそうと五輪前には初めて合同合宿を行ない、“チームジャパン”として挑んだ日本勢だったが、後半に大きく後れをとり、世界のスピードに対応することができなかった。4年前以上に世界との差を離された日本女子マラソン。今後は新たな対策が求められる。
3人のコメントは次の通り。
■木崎良子(16位)
「最後まで先頭集団についていきたかったが、自分の力不足だった。たくさんの人に応援してもらったが、残念な結果に終わった。ただ、自分の持ち味である最後まで諦めないというレースはできたので、いい経験をさせてもらって感謝している。(24キロ過ぎのケニア勢のスピードアップは)下りを使ってスピードアップしていて、それに対応できず、まだまだ自分の練習では甘かったことを痛感した。走り終わって達成感もあるが、一番は悔しいという思いがゴールしてから生まれた。この経験をムダにしないように、今後のマラソンや駅伝に生かし、もっと活躍できるように頑張りたい」
■尾崎好美(19位)
「前から落ちてくる人たちを拾っていけたらいいなというレース展開を思い描いていたが、それができなかったことは残念。どうしたら(世界に)勝てるのかということを考えて練習してきたが、かなわなかった。まだまだ考えなくてはいけない部分があると思った。(3人でチームを組んで戦うことについて)すごく心強かった。レースに向かうまでいい雰囲気でできたので、気持ちの面でみんなで支え合うことができた。入賞が目標だったので、それができなかったことは悔しいが、夢の舞台だった五輪でしっかりとゴールできたのはよかったと思う」
■重友梨佐(79位)
「ずっと最後まで応援してくれた人がいたので、諦めずに走り切ることはできた。(一度は先頭に立つも遅れてしまったことについては)経験不足なども含めて自分の弱さだと思う。途中からは順位は関係なく、絶対に最後まで諦めずにゴールするという思いだけで走った。(コースは)カーブが多かったり、アップダウンがあって、相当しっかりと練習しなければ足にくるということが改めてわかった」
今レースは五輪史上最もタフなレースと言っても過言ではなかった。五輪では史上初の周回となったコースは、約100カ所ものカーブ、車1台分しかない狭い路地、そしてバランスを崩しやすい石畳があるという稀にみる複雑さを擁していた。さらに前半は14度という気温の中、横殴りの雨が降るというマラソンにとっては悪条件が揃う。そんな中、英国王室の儀式を行なうために20世紀前半に造られた通り「ザ・マル」からスタートした五輪8回目となる女子マラソン。最初の1キロを3分30秒と各選手がレース展開の様子を探りながらのゆっくりとしたペースで始まった。
雨は激しさを増し、路面にできた大きな水たまりがランナーたちを困らせた。さらに道幅によって横に広がったり、縦に伸びたりと集団のかたちが変化することで体力を奪われたのか、予想以上に早い段階でトップ集団の人数が絞られていく。その中で重友、尾崎、木崎の日本勢3人はトップ集団の前方に位置し、まずまずの走りを見せた。特に重友は自分の前に他のランナーがいない場所をキープし、位置取りの巧さを見せた。
しかし4.2キロ地点、2回目のトラファルガー広場を過ぎた頃には、その重友が徐々に後方に下がって行き、日本勢3人が集団の中心にかたまって走るかたちとなった。その後、8キロ過ぎには第2集団になりつつある第1集団の後方に3人の姿が見えていた。その時点ではそろって30位前後に位置していたが、重友が徐々に遅れをとりはじめ、10キロを過ぎたあたりでは53位にまで下がった。
だが、2度目のマラソンとなった今年1月の大阪国際女子マラソンで歴代9位の好タイムで優勝した重友が本領を発揮するのはここからだった。脅威の粘りで先頭集団に追いつくと、約15キロ地点では尾崎とともにトップ集団の先頭に立ってみせた。一方、木崎はペースを変えることなく、冷静な走りで集団の中央を位置をキープしていく。
一度はトップに躍り出た重友と尾崎だったが、それは長くは続かなかった。ややペースが上がる中、徐々に後退していく尾崎と重友。重友は再び集団から離れていき、19キロ付近ではトップと12秒もの差をつけられる。さらに尾崎も木崎とともに20キロ手前で第2集団へと移り、20キロ地点でのトップとの差は木崎4秒、尾崎5秒、そして重友は19秒、距離にして100メートル近く離されてしまった。
今大会最速タイムとなる世界歴代2位の記録をもつリリア・ジョブホワ(ロシア)が22キロを過ぎたあたりで、気温の低さが影響したのか、右の太腿を押さえながらストップしてしまうなど前半で4人が棄権した今レース。予想以上の厳しい展開となる中、レースが大きく動いたのは24キロ過ぎだった。やや下り坂となったところで、ケニア、エチオピア勢の計6人がペースアップし、他選手をふるい落とした。
しかし、28キロ手前でエチオピアの1人が遅れをとり始め、先頭集団は5人となる。28〜29キロは1キロ3分10秒と男子並みのペースへと上がっていった。この頃、先頭から大きく離された日本勢3人の表情からは疲労が色濃く見え始めてきていた。その後、エチオピアのティルネシュ・ディババが遅れ始め、メダル争いは4人に絞られたかに見えた。するとロシアのタチアナ・ペトロワが驚異的な追い上げを見せ、先頭集団に入る。逆に昨年の世界選手権金メダリスト、エドナ・キプラガト(ケニア)が後退していき、トップの顔ぶれはケニア2名、エチオピア1名、ロシア1名となった。
3000メートルでは8分44秒とアフリカ勢に劣らないスピードをもつペトロワは、35キロの給水ポイントで先頭に立ち、金メダルへの執念を見せた。だが、38キロ地点の下り坂に入ると、アフリカ勢3人がペースを上げ、ペトロワは少しずつ離されていった。だが、ペトロワは上りに入ると再び追いつき、3人の背後から虎視眈々と表彰台を狙っていた。
すると、41キロ付近でメアリー・ケイタニー(ケニア)が遅れたのとほぼ同時に、ゲラナがスパートをかけた。昨年まではほぼ無名だったゲラナだが、今年4月のロッテルダムで2時間18分台の記録をマークし、金メダル候補の一人として注目されていた。そのゲラナに昨年の世界選手権銀メダリストのプリスカ・ジェプトゥー(ケニア)が必死に食らいつこうとする。一方、ペトロワはこの突然のペースアップについていくことができない。結局、そのままケイタニーが逃げ切り、トップでゴール。2時間23分07秒の五輪記録でエチオピア勢では2人目となる金メダルに輝いた。
バルセロナから4大会続いたメダルが途切れ、入賞者さえも出すことができずに終わった北京。その4年前の雪辱を果たそうと五輪前には初めて合同合宿を行ない、“チームジャパン”として挑んだ日本勢だったが、後半に大きく後れをとり、世界のスピードに対応することができなかった。4年前以上に世界との差を離された日本女子マラソン。今後は新たな対策が求められる。
3人のコメントは次の通り。
■木崎良子(16位)
「最後まで先頭集団についていきたかったが、自分の力不足だった。たくさんの人に応援してもらったが、残念な結果に終わった。ただ、自分の持ち味である最後まで諦めないというレースはできたので、いい経験をさせてもらって感謝している。(24キロ過ぎのケニア勢のスピードアップは)下りを使ってスピードアップしていて、それに対応できず、まだまだ自分の練習では甘かったことを痛感した。走り終わって達成感もあるが、一番は悔しいという思いがゴールしてから生まれた。この経験をムダにしないように、今後のマラソンや駅伝に生かし、もっと活躍できるように頑張りたい」
■尾崎好美(19位)
「前から落ちてくる人たちを拾っていけたらいいなというレース展開を思い描いていたが、それができなかったことは残念。どうしたら(世界に)勝てるのかということを考えて練習してきたが、かなわなかった。まだまだ考えなくてはいけない部分があると思った。(3人でチームを組んで戦うことについて)すごく心強かった。レースに向かうまでいい雰囲気でできたので、気持ちの面でみんなで支え合うことができた。入賞が目標だったので、それができなかったことは悔しいが、夢の舞台だった五輪でしっかりとゴールできたのはよかったと思う」
■重友梨佐(79位)
「ずっと最後まで応援してくれた人がいたので、諦めずに走り切ることはできた。(一度は先頭に立つも遅れてしまったことについては)経験不足なども含めて自分の弱さだと思う。途中からは順位は関係なく、絶対に最後まで諦めずにゴールするという思いだけで走った。(コースは)カーブが多かったり、アップダウンがあって、相当しっかりと練習しなければ足にくるということが改めてわかった」