(写真:コーチとして11度の優勝を果たしたフィル・ジャクソンだが、人事担当での実績はまだないに等しい Photo By Gemini Keez)

(写真:コーチとして11度の優勝を果たしたフィル・ジャクソンだが、人事担当での実績はまだないに等しい Photo By Gemini Keez)

「このチームには“IF(もしも)”がいくつもある。それらに良い答えが出た場合、今季は楽しいシーズンになるんじゃないかな。もちろんその逆になることも十分に考えられるんだけどね……」

 10月20日、敵地で行われたブルックリン・ネッツ相手の最後のプレシーズン戦の前、ニューヨーク・ニックスのある番記者はそう語っていた。不確定要素が多いチームは先行きが読みづらい。ただ、それゆえに心惹かれるのも事実である。

 

 ニューヨークに本拠地を置く金満チームながら、ニックスは過去3年連続プレーオフ逸。カンファレンスの全15チーム中8チームがポストシーズンに進めるNBAにおいて、こんな結果は屈辱以外の何物でもない。無残な低迷に業を煮やしたか、フィル・ジャクソン球団社長は今オフに大補強を敢行した。

 

 まずは6月22日にシカゴ・ブルズからデリック・ローズを獲得する電撃トレードを遂行。さらに7月8日にはニックスはFAのジョアキム・ノア(4年7200万ドル)、コートニー・リー(4年5000万ドル)、ブランドン・ジェニングス(1年500万ドル)との契約も発表する。こうして次々とビッグネームを手に入れて、大きな動きを渇望していた地元ファンをも驚嘆させたのだった。

 

 “救世主”が打った補強

 

(写真:移籍で心機一転、ローズはかつての輝きを取り戻せるか Photo By Gemini Keez)

(写真:移籍で心機一転、ローズはかつての輝きを取り戻せるか Photo By Gemini Keez)

 かつてマイケル・ジョーダンが属したブルズの指揮官であり、ロサンゼルス・レイカーズ時代を含めて合計11度のファイナル制覇を経験した“優勝請負人”。そんなジャクソンが“救世主”の期待を浴びて2014年3月に球団社長に就任以降も、ニックスは49勝115敗という低勝率で終わっていた。エースのカーメロ・アンソニーも故障がちな状況下で、強豪チーム作りは一朝一夕ではいかない。今後は21歳の金の卵クリスタプス・ポルジンギスを軸に、時間をかけて再建を進めていくと思われた。

 

 しかし、そんな予測に反し、今オフに獲得されたのはそれぞれ実績ある選手ばかりである。ローズは2010年から3年連続でオールスター出場、2011年に最年少でMVP受賞と順調にスーパースターの階段を登った。ノアは2014年に最優秀守備選手賞も受賞したディフェンスの鬼。リーはディフェンスとロングジャンパーに長けた名脇役であり、点取り屋のジェニングスはローズの控えガード&シックスマンとしては適任と言える。

 

(写真:攻撃重視の選手が多いチーム内で、ノアの守護神としての存在感は貴重だ Photo By Gemini Keez)

(写真:攻撃重視の選手が多いチーム内で、ノアの守護神としての存在感は貴重だ Photo By Gemini Keez)

 新加入の4人だけでプレーオフ通算162試合出場と経験豊富。ローズ、リー、カーメロ、ポルジンギス、ノア、ジェニングスと続く6人は、ネームバリューだけならリーグ屈指だろう。ローズが「僕たちはスーパーチームだ」と発言するなど、ニックスはここで一躍話題チームの1つとなったのだった。

 

 もっとも、ペーパー上は豪華になったからと言って、ニックスが優勝候補の1つとしてみなされているわけではない。そもそもこれほどの名前がある選手たちの獲得がなぜ可能になったのかを考えてみる必要がある。

 

 2012年以降は度重なる膝の故障に悩まされ続けるローズは、過去4年間で60試合以上プレーしたシーズンはわずか1度だけ。カーメロ、ポルジンギスも昨季は10戦欠場し、ノアに至っては29試合しか出場できなかった。スター軍団の真実がここにある。ポルジンギス以外のビッグネームたち(カーメロ、ローズ、ノア、ジェニングス)は、実はすべて故障上がりかすでに下り坂と目されている選手なのだ。

 

 キープレーヤーは新旧スーパースター

 

(写真:大器ポルジンギスの行く手には無人の荒野が広がっている  Photo By Gemini Keez)

(写真:大器ポルジンギスの行く手には無人の荒野が広がっている  Photo By Gemini Keez)

 そんな中で、鍵を握るのはローズとポルジンギスの2人だろう。前述通り、過去数年はケガに苦しんできたローズだったが、昨季は66試合で平均16.4得点、4.7アシストと復調気配。いまだ爆発力を残したPGが切り込み、カーメロ、ポルジンギスにスペースをつくるのがニックスにとって理想の攻撃パターンになる。

 

 1年目の昨季にスケールの大きなプレーでセンセーションになったポルジンギスには、さらなる飛躍への期待がかかる。NBAでスーパースターになる選手は1~2年の間に大きく成長するもの。身長221センチのビッグマンながら様々なスキルを備えたポルジンギスは、今年中にどこまで大きくなるのか。

 

「あれだけのサイズを持ちながら、コート上のどこからでもシュートが打てて、ボールハンドリングもできる。歴史に残るような選手になっていく可能性を感じる」

 SLAMマガジンのアダム・フィグマン編集長がそう語っているのを始め、ポルジンギスのポテンシャルへの評価は抜群に高い。ニックスが今季、あるいは今後に台頭していくために、この選手の本格化は絶対不可欠である。

 

 ニューヨーカーに愛されるチーム

 

(写真:32歳になったカーメロだが、まだエース役を果たせるはずだ Photo By Gemini Keez)

(写真:32歳になったカーメロだが、まだエース役を果たせるはずだ Photo By Gemini Keez)

「補強策はリスクを理解した上でも試みるに値するものだった。過去数年の私たちは成功を手にできていなかったから、何かをやって前に進む必要があったんだ」

 ジャクソンはそう語り、今オフのチーム作りを正当化している。今年が自身の5年契約中の3年目であることを考えても、その言葉は間違いとは思えない。コーチとしては伝説的だったジャクソンの球団社長としての評価は、今季のチームの成功によって測られることになるのだろう。

 

 多くのことが順調に行けば、ニックスの3年ぶりのプレーオフ進出は有望。クリーブランド・キャバリアーズ、ボストン・セルティックス以外には上昇中のチームは少ないだけに、イースタン・カンファレンス内で上位シード獲得も不可能ではない。しかし、ローズ、ノア、カーメロが引き続き故障に悩まされた場合、再びの低迷も考えられる。とにかくチーム全体に「IF」だらけだけに、どちらの目が出ても不思議ではない。

 

“ニューヨーカーは移り気”などと言われるが、ニックスファンには必ずしもそんな表現は当てはまらない。20日のネッツ戦もオープン戦だというのにチケットはソールドアウトになり、1万7732人の大観客で超満員。本拠地のマディソンスクエア・ガーデンは今季も満員札止めが続くのだろう。低迷は過去数年だけでなく、2001年からの16年でプレーオフでのシリーズ勝利は1度だけなのにも関わらず、ニックスは依然としてニューヨーカーにこよなく愛されている。

 

 それほどに熱心なファンを、ローズ、カーメロ、ポルジンギスを中心としたチームが今年こそ歓喜させられるのか。少なくとも、過去数年より興味深いチームになったことは間違いない。スリリングな予感とともに、ジャクソンのギャンブルの結果が見えてくるシーズン開始はもう間近に迫っている。

 

杉浦大介(すぎうら だいすけ)プロフィール

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、NFL、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『スラッガー』『ダンクシュート』『アメリカンフットボールマガジン』『ボクシングマガジン』『日本経済新聞』など多数の媒体に記事、コラムを寄稿している。著書に『MLBに挑んだ7人のサムライ』(サンクチュアリ出版)『日本人投手黄金時代 メジャーリーグにおける真の評価』(KKベストセラーズ)。最新刊に『イチローがいた幸せ』(悟空出版)。

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