二宮: これまでスカパー! ではさまざまな障がい者スポーツの大会を中継してきました。確立されていなかった分野だけに、苦労も多かったのでは?

田中: 我々は2008年の車椅子バスケットボールを皮きりに、これまでスポーツとして障がい者スポーツを中継してきました。しかし、最初から簡単に取り組むことができたわけではないんです。
スポーツ中継ですから、勝敗に関わる試合の展開や戦略、そして競技性や技術面などはもちろんですが、個々の選手たちがもっているバックグラウンドも情報の一部として不可欠です。しかし、障がい者スポーツの場合はそのバックグラウンドが健常者よりも重い。だからあまりそこにウエイトをかけ過ぎると、スポーツ中継というよりも、ドキュメンタリー番組のようになってしまいかねない。それだけは避けたかった。そこでどうやって伝えるか、随分と頭を悩ましました。

 

伊藤: どうやって、その答えを導き出したのでしょう?

田中: ある時、ふと思ったんです。「そうか、迷ったら伝えなければいいんだ」と。それでアナウンサーにもそう伝えました。その考えが浮かばなければ、未だに中継は実現していなかったかもしれませんね。

 

二宮: これは一般スポーツにも言えることですが、スポーツがもつリアリズムに、私たち伝える側はきちんと向き合うべきですよね。最近は、その試合やプレーそのものではなく、サイドネタに頼り過ぎた中継が少なくないと感じています。もちろん、それもスパイスとしては大事な要素ではあるんです。ただ、そこにウエイトを置きすぎると、スポーツ中継ではなくなってしまう。それは障がい者スポーツにも言えることなのかなと。障がいを負った時のことや、どうやって乗り越えてきたかというストーリー以上に重要なのは、彼ら彼女らの現在のパフォーマンスを伝えることだと思います。

田中: 我々も最初はいろいろと不安要素はあったのですが、実際に中継してみると、杞憂に終わりました。というのも、障がいの有無に関係なく、やっぱり彼ら彼女らがやっていることはスポーツであることに変わりはない。だから自然と、スポーツとして扱うことができましたし、選手をアスリートとしてリスペクトする気持ちもわいてきたんです。

 

 もうひとつのメディアの役割

 

伊藤: それは見る人にとっても同じなのではないでしょうか。はじめは障がい者スポーツというだけで、どうしても福祉やリハビリを想起してしまいますし、「障がいを乗り越えてスポーツをしているなんてすごい」というような目で選手を見てしまう。ところが、実際に見てみると、選手たちのパフォーマンスに圧倒されるし、真剣勝負の世界に入りこんでしまう。いつの間にか手に汗を握っていたりするんです。「これをスポーツと言わずに、何をスポーツと言うのか?」というような気持ちになる人は少なくないと思います。

田中: そうなんですよね。伝える側も見る側も、はじめはほとんどの人が、自分の中にバリアを感じながら障がい者スポーツを見ると思うんです。でも、2回、3回と見ていくうちに、そのバリアはどんどんとれていくんですよね。これまで我々は健常者と障がい者との間に境界線を引いていた。でも、それは健常者側が勝手に引いていたものだということに、障がい者スポーツを見ていると、自然と気づくんですよね。

 

伊藤: 意味のないボーダーが消えていくと。

田中: そうなんです。障がい者はボーダーなんてない世界にいるわけです。健常者が勝手に引いているボーダーラインなんかないものとばかりに、毅然とした態度でいる。そういう意思が、中継で伝わるといいなと思っています。

 

二宮: よく選手たちは「スポーツとして、アスリートとして見てほしい」と言いますが、既に障がいを乗り越えている彼ら彼女らにとっては、同情の視点も、健常者が引いたボーダーラインに過ぎないわけですよね。

田中: その通りです。そういう"気づき"のきっかけを与えることも、我々メディアの役割のひとつかなと思っています。

 

(第4回につづく)

 

田中晃(たなか・あきら)プロフィール>
1954年、長野県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。1979年、日本テレビ放送網株式会社に入社。箱根駅伝や世界陸上、トヨタカップサッカーなど多くのスポーツ中継を指揮した。さらに民放連スポーツ編成部会幹事として、オリンピックやサッカーW杯などの放送を統括。コンテンツ事業推進部長、編成局編成部長、メディア戦略局次長を歴任する。2005年、株式会社スカイパーフェクト・コミュニケーションズ(現・スカパーJSAT株式会社)執行役員常務となり、現在同社執行役員専務、放送事業本部長を務めている。


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