伊藤: 直前の予想では、マドリードが優勢と見られていました。そのマドリードが1回目の投票で落選したのは驚きでした。

鈴木: スペインの地元紙「エル・ムンド」に、マドリードに投票すると見られた51名のIOC委員の名前が写真付きで掲載されましたよね。現地でも、あれはかなりの衝撃的なニュースでした。その影響はかなり大きかったと思います。

 

二宮: あれでは、まるでマドリードに買収されているように思われてしまいますからね。IOC委員が一番嫌

がることですよ。マドリードは身内が足を引っ張ったかたちになりましたよね。

鈴木: 実は、IOC総会直前の段階では、イスタンブールは10票くらいと言われていたんです。ところが、1回目の投票ではイスタンブールはマドリードと同じ26票だった。おそらく15票くらいは、マドリードからイスタンブールに流れたんじゃないかなと思いますね。

 

二宮: 東京は42票でしたから、「エル・ムンド」がIOC委員を載せなければ、マドリードとの決選投票だった可能性が高い。

鈴木: マドリードと3~5票差くらいの争いになるかなと思っていました。

 

伊藤: ちょっとしたことで、票が動くだけに、本当に最後の最後までわからないものなんですね。

鈴木: はい。直前まで票は動きますからね。油断は禁物なんです。

 

 欠かせなかった高円宮妃殿下の存在

 

二宮: まず、高円宮久子妃殿下が流暢なフランス語から入りました。これで、グッとIOC委員を惹きつけたでしょうね。

鈴木: はい、もう決定的だったと思います。もちろん、その後の佐藤真海さんから始まるプレゼンテーションも素晴らしかったのですが、高円宮妃殿下にご挨拶いただいか否かでは、東京の勝率は違っていたと思います。

 

伊藤: 英語はもちろん、フランス語も非常に堪能で、しぐさひとつひとつに品がありました。

鈴木: 我々は、高円宮妃殿下がフランス語も堪能だということは知っていたんです。しかも、サッカーをはじめ、スポーツ界に広い人脈をもっていらっしゃる。

 

二宮: ロビー活動にも参加されたんですか?

鈴木: はい。総会の前日まで、精力的にやっていただきました。40名以上のIOC委員と懇談をされたんです。

 

二宮: 日本の皇室の方が総会に出席されたのは初めてのこと。マドリードやイスタンブールも驚いたでしょうね。
鈴木: 特にマドリードのサマランチ・ジュニアIOC理事は驚愕していましたね。それまでは相当自信を持っているようでしたが、高円宮妃殿下が来られた途端に、態度が一変しましたから。

 

二宮: マドリードは、フェリペ皇太子を最強のカードにしていましたからね。その効果が薄まってしまったと。

鈴木: そうなんです。しかも高円宮妃殿下は日本サッカー協会の名誉総裁でもあり、スポーツ界での人望が厚い。本当にスポーツを応援してくださっていて、サッカーの日本代表戦には必ずと言っていいほど来られているんです。

 

伊藤: 高円宮妃殿下のご挨拶から始まり、パラリンピアンの佐藤選手、オリンピアンの太田雄貴選手がアスリートとしての熱い思いを伝え、安倍晋三首相まで駆けつけた。IOC委員には東京の本気度が伝わったんでしょうね。

鈴木: 最大の勝因はそこだったと思いますね。まさに2020年オリンピック・パラリンピックは、"オールジャパン"で勝ち取ったものだと思っています。

 

(おわり)

 

鈴木寛(すずき・かん)プロフィール>
1964年生まれ。灘高、東大法学部卒業。通産官僚を経て慶應大学助教授。2001年参議院議初当選(東京都)。民主党政権では文部科学副大臣を2期務めるなど、教育、医療、スポーツ・文化を中心に活動。党憲法調査会事務局長、参議院憲法審査会 幹事などを歴任。超党派スポーツ振興議連幹事長、東京オリンピック・パラリンピック招致議連事務局長。超党派文化芸術振興議員連盟幹事長。日本ユネスコ委員。大阪大学招聘教授、中央大学客員教授、電通大学客員教授。主な著書に『熟議のススメ』(講談社)ほか多数。


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