上田哲之「育成と即戦力のあいだ」
今年のカープが全国の野球ファンに与えたインパクトは、やはり大きかったようだ。
未だに余韻が尾を引いているらしく、会う人ごとに言われる(なぜか巨人ファンが多いような気がする)。いわく、「なぜ、あそこで投手を変えなかったんですか? 第7戦の大谷(翔平)vs.黒田(博樹)を見たかったのに……」
言わずと知れた、日本シリーズ第6戦、8回表のジェイ・ジャクソン続投の緒方采配についてである。
――いやあ、首脳陣はシーズン中と同じ形でいきたかったみたいですよ……。
「そりゃないでしょ。だって……」と会話は延々と続く。
もう一つ、よく言われる言葉がある。
「育成の勝利ですねえ。さすが“育成のカープ”だ」
――いや、その常識は、ちょっと違うと思います。即戦力の大学生を獲るようになって強くなった、という面もありますから……。
ドラフトで希望入団枠が廃止され、高校生ドラフトと大学・社会人ドラフトが再統合されて現行制度になったのが2008年である。以来、カープは基本的には即戦力と評価される大学生を1位指名してきた。2008年からのドラフト1位を列挙してみる。
岩本貴裕、今村猛、福井優也、野村祐輔、高橋大樹、大瀬良大地、野間峻祥、岡田明丈、そして今年が加藤拓也(慶応大)。
この中で、高校生は今村と高橋のみ。今村は頑張っているが、高橋の育成に成功したとは、少なくとも今のところ言えない。
今年の加藤は、同じ慶応大から中日に行った福谷浩司みたいなタイプかな、と思う。150キロを超える速球派だが、とりあえずは、中継ぎ候補ではないだろうか。
いや、まったく育成ができない、と言っているわけではない。たとえば、鈴木誠也などは“育成球団”カープの星として、これから語り継がれることになるのだろう。
思うに、即戦力と育成のバランスは、非常に大事である。近年のカープのドラフトは、そこがうまくいっている。優勝の立役者は、もちろん黒田博樹であり新井貴浩だが、その背景に、2008年以降のドラフト戦略があることは、認めてもよいだろう。
糸井嘉男がFAで阪神に行ったなと思ったら、巨人は山口俊も森福允彦も獲得した。さらには陽岱鋼も獲得に動いているのだとか。
ま、こういうことをやらない、という意味では、たしかに「育成のカープ」ですね。
よくよく冷静に考えると、2016年は、それまでエースだった前田健太が抜けて、15勝のマイナスからスタートした。そして来年は、黒田博樹の10勝分が消える。先発投手の勝ち星で言うと、2年でざっと25勝も減ったことになる。
緒方孝市監督には、もちろん、日本シリーズの戦い方というものを再検証してほしいが、それをやる前に“黒田の穴”をどう埋めるのか。来季のカープはそこから始まる。
(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)