プロ野球は各チーム残り20試合前後となり、熾烈な上位争いが続いている。パ・リーグではやや蚊帳の外になってしまった最下位のオリックスだが、終盤で接戦にもつれ込むと、そのマウンドには必ずと言っていいほど、この右腕が上がる。リリーフ転向3年目の平野佳寿だ。速球とフォーク、スライダーを武器にセットアッパーとして、昨季はリーグ新の43ホールドをあげた。今季はクローザーの岸田護の不調により、8月から抑えに回っており、彼の出番が増えれば増えるほど、リーグの混戦に拍車がかかると言っても過言ではない。優勝、CS出場のキャスティングボードを握る男に二宮清純が話を訊いた。
(写真:中継ぎのやりがいを「ピンチを抑えることで勝ちにつながり、毎試合、チームに貢献している実感を得られるところ」と語る)
二宮: 2010年に先発からリリーフに転向しましたが、最初はとまどいはありませんでしたか?
平野: 正直、先発で結果があまり出ず、1軍にしがみつきたい一心だったので、活躍できる場があるなら、どこでもいいという思いでした。むしろ中継ぎになって、気持ちを切り替えられたと思っています。

二宮: ただ、中5日、6日空けて投げる先発と。毎日投げる可能性がある中継ぎとでは調整法が違いますよね。
平野: それはやっていくうちに慣れていきました。一番最初に大変だったのは、ブルペンでの投球数ですね。先発の時はあまり球数を考えずに30〜40球、投げてからマウンドに向かっていましたが、中継ぎだとその数をいかに少なくして肩をつくるかが求められます。毎日、試合でしっかり投げることを優先すれば、日々、疲労を蓄積させないかが大事ですからね。シーズンの最初は大丈夫でも、長丁場ですから最後になると、その溜まった疲れがピッチングに影響してくる。その点は練習のキャッチボールも含めて自分で考えて調整するようになってきました。

二宮: 抑えは基本的に最終回限定ですが、セットアッパーは状況によって登板イニングが7回の時もあれば、8回の時もあります。いかに準備をして登板に備えるかが大切ですね。
平野: 準備は意外と難しくありません。試合の状況に合わせながらつくれますから。それよりも僕はケアのほうに重点を置いています。いかに疲れを残さず、次の日を迎えられるか。ストレッチやトレーニングはもちろん、食事もしっかり摂るように心がけていますね。

二宮: セットアッパーだと勝ちゲームや同点の展開だけでなく、ビハインドでも接戦なら登板する可能性があります。特に負けている場面だと気持ちを高めるのは大変でしょう?
平野: そうですね。正直言って勝ちゲームのほうが気分的にはラクなんです。もちろん先発ピッチャーの勝ちを消してしまうので良くはないですが、最悪、同点までは許される。でも、負けゲームで呼ばれるのは「この試合は勝ちたいから、もうこれ以上、点は与えられない」という時。そこで点を取られると、チーム全体が「今日はダメか」という雰囲気になってしまうので、かえって難しいんです。

二宮: マウンドに上がると5球の投球練習ができます。リリーフピッチャーに訊くと、マウンド状態や自分の調子をチェックする上で重要なのが、ここでの5球だと言います。何か決まったルーティンはありますか?
平野: 僕は大きく分けて、対戦が予想されるバッターが右か左かで投げるボールを変えますね。右が多い時はスライダーを1球くらい入れますけど、左ばかりが続く時には、フォークボールを2球くらい入れる。あとは対戦しそうなバッターに応じて、苦手なボールを多めに投げたりしますね。

二宮: コースも狙って投げるんですか?
平野: ブルペンで仕上げてきていますから、そこまで細かくは狙いません。アウトコースかインコースか、というくらいです。たとえば前日の登板でアウトコースで3球投げて抑えたら、次の日も同じように外を続けるし、打たれたら変える。だから、毎回、5球とも投げるボールやコースが決まっているわけではありません。

二宮: ウイニングショットでもあるフォークボールは、大学の頃から投げ始めたそうですね。
平野: はい。佐々木(主浩)さんのフォークを参考に自己流で投げていました。手首をロックして、スナップを利かせずに、そのまま落とす。そんな話をテレビで佐々木さんがおっしゃっていたのを聞いて、見よう見まねでやっていましたね。

二宮: 2008年の秋と翌年の春には野茂英雄が臨時コーチを務めていました。彼も素晴らしいフォークの使い手でしたが、何か秘訣は聞けましたか?
平野: 野茂さんの投げ方はちょっと難しかったですね。僕はグローブの中でフォークの握りにすると、グローブが広がったり、手の入り具合が変わって相手バッターに球種が分かりやすくなるので、その点が気になっていました。「どうやって投げてはるんですか」と質問したら、快く教えてはいただいたんですけど、かなりレベルの高い投げ方だったんです。

二宮: レベルが高いとは、具体的には?
平野: 野茂さんの場合、最初からフォークの握りにせず、グローブの中でストレートの握りからクルッとボールを回して挟むそうなんです。ちょっと練習してみたんですけど、きれいに挟めないので、どうしても最後に指を押し込んでしまう。これだとバッターには押し込んだのがバレるから一緒だなと思って諦めました。
(写真:試行錯誤の末、現在はフォークの握りからグローブの中で他の球種に握り変えるスタイルを採っている)

二宮: でも、野茂はできないからと言って、押し付けたりはしないタイプでしょう?
平野: はい。「投げやすい投げ方でええよ」と言っていただきました。基本的には野茂さん自身からあれこれとは言ってきませんし、何かを教えてもらった時にも、「自分でいいと思ったところだけ引っこ抜いて、アカンと思うたらやめたほうがええ」と話していましたね。

二宮: 野茂の教えで勉強になった部分はありますか?
平野: 僕の中では野茂さんって豪快に投げているイメージがあったんですけど、あれほどのすごいボールを持っている方でも、ものすごく研究熱心なんだなと感じました。メジャーリーグで対戦相手が毎回変わる環境でも、相手をしっかり研究して、自分のピッチングでどこが悪かったのかを反省している。その余念のなさが、日本でもメジャーでも結果を残せた要因なんでしょうね。
 そして、マウンドに上がったら一番大切なのは気の持ちようだと。フォームだったり、ボールだったり、マウンドだったり、いろいろと気になるところがあって、その対処法を聞いたんですけど、野茂さんは一言、「いや、僕は何も気にならなかった」って(笑)。そうやってバッターの対戦だけに集中する考え方がすごいなと感心しました。

<現在発売中の講談社『週刊現代』(2012年9月22日・29日号)では平野投手の特集記事が掲載されています。こちらも併せてお楽しみください>