中北浩仁(アイススレッジホッケー日本代表監督)第3回「ソチへの課題は”新陳代謝”」

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二宮: 銀メダルを獲得したバンクーバーパラリンピックの時、日本代表の平均年齢は36歳でした。もちろん、経験が必要な競技ですから、ベテラン選手は不可欠です。と同時に、若い選手の台頭も待たれます。

中北: おっしゃる通りです。そこが日本代表の大きな課題となっているんです。確かに銀メダルを獲ったことで、アイススレッジホッケーという競技の存在は、国内に広く知れ渡りました。しかし、「自分もプレーしてみたい」とか「日本代表に入ってパラリンピックに出たい」というような競技者志望の若手が出てこないんです。

 

二宮: 銀メダルという輝かしい成績を挙げたにもかかわらず、なかなか競技人口が増えないのはなぜでしょうか?

中北: 条件が厳しいんです。練習が朝早い上に、用具を揃えるのにもお金がかかります。それにどこにでも練習施設があるわけではありません。例えば、代表合宿は長野でやっているのですが、そこまで行くのに一苦労ですよね。だいたい朝3時頃には家を出なくてはいけませんから……。

 

 早朝練習のワケ

 

二宮: 練習施設は長野にしかないのですか?

中北: 東京にも3つの通年リンクがあるのですが、なかなか、貸切料金やアクセシビリティ、氷面のキズ等の条件面で厳しく、使えないケースが多いです。唯一、使うことができるリンクも早朝の時間帯にしか使用することができません。

 

二宮: 早朝しか許可されないのはなぜですか?

中北: リンクの経営を考えると、一般客の来場が見込める朝10時から夕方5時までの時間帯は、空けておきたいわけです。ですから、アイスホッケーの練習はそれ以外の時間帯に割り当てられるんです。その中でも、優先順位はアイスホッケーの1部リーグ、2部リーグ、そして我々アイススレッジホッケーとなる。ですから、一番人気のない早朝という時間帯になってしまわざるを得ないんです。

 

二宮: 用具をそろえるのにも一苦労でしょう。

中北: そうですね。しかし、NHL(北米プロアイスホッケーリーグ)のシカゴ・ブラックホークスから調達したりしているんですよ。チームに知人がいまして、使わなくなったものは捨てずに保管してもらうよう頼んであるんです。それを仕事で出張に行った際に、譲り受けて来るんです。ラッキーなことに、チームカラーが日本と同じ赤と黒を基調としていますから、ちょうどいいんですよ(笑)。

 

二宮: 遠征費などはどうされているんですか?

中北: 遠征費は日本アイススレッジホッケー協会が全額、出しています。合宿については、リンク代以外は自費です。とはいっても、北海道や兵庫県など遠方から参加する選手の旅費は補助しており、それ以外は選手の居住地によっても違いますが、交通費とホテル代でだいたい1万円くらいで済むんです。

 

二宮: 障害者スポーツの中では、まだ恵まれている方ですね。

中北: そうですね。私が監督に就任した頃に比べたら、それこそ雲泥の差です。随分と改善されたなと思いますね。

 

(第4回につづく)

 

中北浩仁(なかきた・こうじん)プロフィール>

1963年9月28日、香川県生まれ。6歳でアイスホッケーを始め、中学ではアイスホッケー部に所属。中学3年時には西日本選抜チームに選出され、全国大会に出場した。卒業後はアイスホッケーの本場であるカナダの高校、米国の大学へと留学した。プロを目指していたが、大学4年時に右ヒザ靭帯を断裂し、選手生命を絶たれた。大学卒業後は帰国し、日立製作所に就職。2002年よりアイススレッジホッケー日本代表監督を務め、06年トリノ大会では5位、10年バンクーバー大会では銀メダル獲得に導いた。

日本アイススレッジホッケー協会 http://www.sledgejapan.org/

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NPO法人STAND代表の伊藤数子さんと二宮清純が探る新たなスポーツの地平線にご期待ください。

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