中北浩仁(アイススレッジホッケー日本代表監督)第5回「金メダルへの新技術」

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二宮: 中北監督は高校でカナダに留学し、大学は米国でプレーしています。大柄な外国人選手にどう対抗したのですか?

中北: 私は現役時代、身長172センチ、体重72キロと、日本人の中でも小さかったんです。その私がパワーのある外国人に勝つには、スピードしかありませんでした。まともにいけば、上から押さえつけれたり、吹っ飛ばされたりしますからね。俊敏性を生かしながら、相手の力をまともに受けないためのテクニックを身に付けることが、私の生きる唯一の道だったんです。

 

二宮: 最初は、相当苦労されたのでは? 

中北: はい。片手で簡単に吹っ飛ばされていましたからね(笑)。でも、それは体のバランスが悪かったことと、スケーティングをマスターしていなかったからなんです。そこを改善したことで、そう簡単には飛ばされたりすることはなくなりました。当たりに来られても、スケーティングの技術でクルッとかわすことができるんです。そうすると、相手の力をまともに受けずに、逆に押される力を利用して自分が速く滑ることができるんです。

 

二宮: どの競技でも言われることですが、”アジリティ”、つまり小回りの利く俊敏さが日本人の最大の武器になると。

中北: FW上原大祐が、そうですね。アジリティという部分では、彼は世界一のプレーヤーですよ。

 

 世界を驚かす秘策

 

二宮: バンクーバーでは、まさにその”アジリティ”が生かされての銀メダルでした。では、もっと輝きの強い金メダルを獲得するためには、何が必要となるのでしょうか?

中北: バックスケーティングですね。実はバンクーバーの前から練習しているんです。

 

二宮: バックスケーティングはアイスホッケーでは当然のテクニックですが、それをアイススレッジホッケーでやるのは、至難の業では?

中北: 確かに難しいですね。最初に私が指示した時、選手は全員、目を丸くして「そんなことできるわけないじゃないか。前に進むのだって大変なのに、後ろなんて無理だよ」と言っていたんです。それでも「とにかくやってみろ」と言って練習させたのですが、できるようになるものなんですよ。今ではもう、相手のスピードについていけるようにまでなりました。あとは抜かれた時のターンですね。そこでバランスを崩してしまうと、失点に結びついてしまいますからね。

 

二宮: バックスケーティングは、米国やカナダなど、世界の強豪チームはやっているんですか?

中北: いいえ、どのチームもやっていません。やろうとしているのも日本だけです。

 

二宮: それはすごい! ちなみに現在はどれくらいの完成度なんでしょう?

中北: 5割ほどはできていると思いますよ。

 

二宮: 実戦で披露したことは?

中北: まだないですね。ちょこちょこっとバックで下がったりすることはありますが、抜かれてしまったらおしまいですから、戦術として実施したことはありません。

 

二宮: ソチでいきなり日本がバックスケーティングをしたら、世界は驚くでしょうね!

中北: それこそ、日本の金メダルは確実ですよ。

 

二宮: アイススレッジホッケー界の歴史が変わりますね。

中北: はい。バンクーバーでの銀メダルがまぐれでないことを証明するためにも、ソチで結果を残さなければいけません。残り2年間、精一杯頑張ります。

 

(おわり)

 

中北浩仁(なかきた・こうじん)プロフィール>

1963年9月28日、香川県生まれ。6歳でアイスホッケーを始め、中学ではアイスホッケー部に所属。中学3年時には西日本選抜チームに選出され、全国大会に出場した。卒業後はアイスホッケーの本場であるカナダの高校、米国の大学へと留学した。プロを目指していたが、大学4年時に右ヒザ靭帯を断裂し、選手生命を絶たれた。大学卒業後は帰国し、日立製作所に就職。2002年よりアイススレッジホッケー日本代表監督を務め、06年トリノ大会では5位、10年バンクーバー大会では銀メダル獲得に導いた。

日本アイススレッジホッケー協会 http://www.sledgejapan.org/

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NPO法人STAND代表の伊藤数子さんと二宮清純が探る新たなスポーツの地平線にご期待ください。

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