栗山英樹新監督の下、3年ぶりのリーグ優勝を収めた北海道日本ハム。絶対的エースのダルビッシュ有(テキサス・レンジャーズ)が抜け、栗山監督にもプロでの指導経験がないこともあって、開幕前は難しい舵取りになると予想されていた。しかし、斎藤佑樹を開幕投手に指名し、中田翔を4番に固定するなど思い切った選手起用でチームに新しい風を吹かせると、3年間勝ち星のなかった左腕・吉川光夫が覚醒。ベテラン稲葉篤紀らがつなぎの打線で奪った得点を、宮西尚生、増井浩俊、武田久と継投で守り切る勝ちパターンで白星を積み上げた。就任1年目でチームを頂点に導いた栗山監督はどんな信念を持って指揮を執っていたのか。二宮清純が前半戦終了時に行ったインタビューから紹介したい。
(写真:優勝会見では「初めての指揮でかなり迷惑をかけた」と選手の力で勝ち取った点を強調していた)
二宮: プロ野球の監督は男なら誰もが一度はやってみたい職業とも言われます。ただ、実際に務めるとなると、周囲からは想像もつかない苦労があるはずです。やりがいとつらさと、どちらのほうが大きいですか。
栗山: うーん、野球のことだけを考えていればいい最高の場所なので、楽しいといえば楽しいのかもしれないですね。プロ野球は結果が問われる世界なので、負けると朝まで眠れなくなる。たとえばピッチャーのつなぎで確率的にはこちらのほうがいいと思っていても、失敗すれば「もうひとりだけ我慢して行かせたら良かったかな」とか、「あそこで先に代えて打ち取っておけば、こんな打順の巡りにならなかったかも」といろいろ頭に浮かびます。たとえ仮にうまく抑えてくれたとしても、「いや、今日のは偶然うまくいっただけだな」と反省することもありますね。そうやって、シミュレーションし直していると、朝まで考えが止まらなくなるわけです。

二宮: 解説者時代にも「あそこで、あんなコメントすれば良かった」と思うこともあったはずですが、その比ではないと?
栗山: はい。今までも死ぬほど野球を考えているつもりでしたけど、人生でここまで野球を深く考えたことはなかったですね。現役時代以上に考えていると思います。

二宮: 監督就任時には、ダルビッシュのメジャーリーグ挑戦が取りざたされていました。戦力的には厳しくなることが予想される中、迷いはありませんでしたか。
栗山: チームが苦しくなり、もう一度違うステップへ進まなくてはいけない時期だったからこそ、僕が監督に呼ばれる。そう感じていましたから、ダルがいなくなる点についてはあまり難しく考えていませんでした。

二宮: 個人的に感心したのは、栗山監督は単身でチームに飛び込んだことです。監督になると、仲のいい人間をたくさん呼んでコーチに据え、チームカラーをガラリと変えてしまう人も少なくない。ところが、それをやらなかった。
栗山: チームが勝つために必要なのは友達じゃないですよね。仕事のプロが集まらなきゃいけない。幸い、このチームは結果が出ているわけだし、今まで、それを支えてきた人たちがいるのは、ものすごく大事なことです。前から僕はきちんと能力のあるコーチを育てて、そのチームに合った監督を連れてくるのがフロントの仕事だと考えてきました。だから、いざ自分が監督をするとなって、気心の知れた人を連れてくるのはおかしいだろうとの思いがありました。

二宮: 実際にやってみて、いかがでしたか?
栗山: 大正解でした。このチームはヘッドコーチを含めて本当に能力も高いし、一生懸命やってくれますから。コーチ陣には本当に感謝しています。

二宮: 特に福良淳一ヘッドコーチはトレイ・ヒルマン監督時代からコーチや二軍監督を経験し、このチームのことをよく知っています。やはり、その存在は貴重だと?
栗山: ヘッドには、こちらがチーム状態を把握するよりも前に、いち早く僕の性格や考えを分かってくれました。だから、本当に救われていますね。たとえば、僕は嫌な負け方をすると悔しくて、何も言わずに全部抱え込んでしまうところがある。そんな時にちょっと気持ちが楽になるような話をしてくれるんです。

二宮: たとえば、どんな話ですか?
栗山: ある選手がヘッドのところに相談に来たという話です。見た目にはあまり考えていないように見える選手が、自分がどうすれば成長するか、チームのためにどうすればいいかを一生懸命、試行錯誤している。そういう選手の姿を教えてくれると僕としては一番うれしい。そういったことも含めて、ヘッドは僕に、いつどんな情報を伝えればいいかをよく分かっています。だから、こちらも本音で相談できますし、きちんと仕事をしてもらえるのでありがたいですね。

二宮: 斎藤投手や中田選手の起用ばかりがクローズアップされていますが、もうひとつ見逃せないのは糸井嘉男選手をライトに回したことです。この意図は?
栗山: 僕も外野手だった経験上、センターから三塁、ホームを刺すのはなかなか難しいんですよ。嘉男の肩は強いし、コントロールがいいので別格ですけど、それならライトで三塁に行かせなかったり、ホームで殺してくれる確率を上げる方向で使ったほうがいい。それでセンターを(陽)岱鋼にしたのは、彼は一歩目の飛び出しが素晴らしいんです。嘉男よりも反応が一歩ほど早い。僕の目から見て、今、一番、日本で守備範囲が広い外野手だと思います。だから、2人のポジションをひっくり返したほうが両方の持ち味を生かしてメリットが出ると考えました。
(写真:結果が出ない斎藤に関しては「こちらがイライラするのは、まだやるべき余地があるということ」と決して悲観的に捉えていない)

二宮: 90年代のオリックスも仰木彬監督が強肩のイチローをライトで使いました。それと同じ発想ですね。
栗山: そうですね。うちの外野は3人ともいいので、1点もやれない守備隊形で一二塁間や三遊間を抜かれても簡単に二塁からランナーは回ってこられない。ただ、センターだけは別でそんなに前進守備を敷けないこともあります。そうなると、守備範囲の広い岱鋼がいてくれたほうがいいんです。この外野の守備力は相当、強みになっていると思いますよ。

二宮: なるほど。外野手出身ならでは観点ですね。実際、監督になってみて、指揮官とはどんな存在だと感じますか?
栗山: よく聞かれる質問ですけど、一番近いのは城持ち大名ですね。僕が好きな戦国武将は加藤清正なんですけど、彼は城造りの名人。もう少し長生きすれば、豊臣家の滅亡も避けられたのではないかと言われるほどの戦略家でもありました。

二宮: 確かに城造りはチームづくりに似ているかもしれませんね。土台を築き、大黒柱を立て、天守閣を建てる。その設計図を描くのが監督の仕事でもあると?
栗山: そうなんです。加藤清正について書かれた本を読むと、自分たちだけでなく、日本全体のことを考えていたことが分かります。監督はすべてが決められる仕事なので、どうしても自分を見失いやすい。もし僕が間違ったことをしていても、選手たちが結果を出してくれれば、それが正しいことになってしまうんです。それを自分の能力だと勘違いしやすい。加藤清正がそうだったように、常に全体を見て何をすべきかが考えられる存在になりたいなと。

二宮: 栗山監督を見ていると、これまでチームが積み上げてきたやり方を基本的に踏襲しているように感じます。自分の色は極力出さない。それがいい方向に出ている。
栗山: そうなってくれたら一番いいですけどね。あくまでもプレーするのは選手で、僕ではない。だから選手たちの力を最大限に引き出すことだけを考えています。僕は監督になった時から約束していることがあるんです。選手に僕がどう思われているかは一切考えない。ただ、こちらは選手のことを考えて愛し続ける。

二宮: 愛の見返りは求めないと(笑)?
栗山: 選手に対しては大好きなんだ、尊敬しているんだという思いだけを持ち続けています。まぁ、報われないこともありますが(笑)、一方通行でもいいから、今後もその気持ちだけはなくさないようにしたいですね。

※8月に『週刊現代』で掲載された栗山監督に関する特集記事の全文が、スポーツポータルサイト「Sportsプレミア」に掲載されています。こちらも合わせてご覧ください。下のバナーをクリック!