第624回 敬遠のドラマはもう見納めか!?
故意四球、いわゆる敬遠の四球のことを英語では「intentional balls」と言う。これは、正規の言い方で、現場では「intentional walk」の方が通りがいい。単なる「四球」なら「walk」で十分だ。
今季からメジャーリーグではバッターを敬遠するにあたり、ボール球を4球も投げる必要がなくなる可能性が出てきた。守備側が敬遠の意思を審判に示せば、バッターには自動的にワンベースが与えられる。試合時間を短縮するための措置だという。
目下、メジャーリーグ選手会の承認待ちだが、新ルール採用となれば、メジャーリーグのやることには何でも右へ倣えのNPB(日本野球機構)ゆえ、これを受け入れるのも時間の問題だろう。
確かにベンチから敬遠の指示が出ているのに、わざわざ4球も投げるのは時間の無駄と言えば無駄である。
しかし、1、2球投じたあと、ベンチの指示で勝負に転じた例もある。そうした“勝負の綾”は、新ルールが採用されれば見られなくなる。
敬遠と言えば、思い出されるのが阪神時代の新庄剛志の“クソボール打ち”だ。
99年6月12日、甲子園球場での阪神-巨人戦。4対4で迎えた延長12回裏。1死一、三塁のチャンスで打席には新庄が入った。
巨人ベンチは、当然、満塁策を選択する。当時、新庄は4番を任されていた。
1ボールからの2球目だ。槙原寛己が投じた外角の棒球に新庄が飛びついた。打球はレフト前に転がり、三塁ランナーがホームイン。阪神は劇的なサヨナラ勝ちを収めた。
気の毒だったのは槙原だ。プロ野球の世界には“暗黙の了解”がある。バッテリーが敬遠の意思表示をした以上、黙って見逃し、一塁に歩くのが不文律だ。
その掟を、あっけらかんと破ってしまったのだから、被害者の槙原ははらわたが煮えくり返る思いだったに違いない。米国なら、間違いなく次の試合、新庄は報復の死球を受けるだろう。
通算で427もの故意四球を得ている王貞治が、明らかなボール球に手を出したことは一度もない。
一方でこの新庄の“掟破り”に対しては少数ながら支持する声もあった。掟破りも含めて「野球は筋書きのないドラマではないか」というものだ。良くも悪くも新庄は予定調和が通用しない男だった。
敬遠にまつわるこうしたドラマが見られなくなるかと思うと、少々、寂しさを禁じ得ない。何でもかんでも米国に追随すればいいというものではあるまい。
<この原稿は2017年3月17日号『漫画ゴラク』に掲載された原稿です>