NPBで戦力外通告を受けた選手などを対象にした12球団合同トライアウトが21日、千葉県の鎌ヶ谷スタジアムで開催された。今季は9日にクリネックススタジアム宮城で行われた第1回目に続く実施。投手7名、野手9名の計16名がNPBでのプレー続行に望みを託し、ネット裏に詰めかけた各球団の編成担当、チーム関係者にアピールした。
 すみ渡った晴天ながら、球場内に吹き抜ける晩秋の風が冷たくも感じられた約2時間のトライアウトだった。

 この日は7名の投手が、各5人の打者に相対する実戦形式。最初にマウンドに上がったのは中日、横浜などで計76勝を挙げた門倉健だ。39歳の右腕は今季、北海道のクラブチームである伊達聖ヶ丘病院野球部入り。補強選手として都市対抗野球にも出場した。落差のあるフォークボールをウイニングショットに、総合格闘家経験を経て復帰を目指す元オリックスの古木克明から空振り三振を奪うなど、打者5人に対し、無安打3四球の内容だった。登板後、「持ち味は出せた」と振り返った門倉は、プロからのオファーがない場合でも、韓国や台湾、アマチュアで現役を続行する意向を示した。

 球場に詰めかけたファンから、ひときわ大きな声援を浴びたのは横浜、中日で活躍した佐伯貴弘だった。昨季、中日を戦力外になってからは1年間の浪人生活。自宅近くの公園などで復帰に向けてトレーニングに励んでいた。11日からはロッテの秋季キャンプで入団テストを受けたものの、紅白戦3打数0安打と結果を残せず、不合格に終わり、今回のトライアウトに参加した。

 通算1597安打を放っている強打者だけに、1打席目、2打席目は四球と打たせてもらえなかったが、4打席目に斎藤圭祐(巨人育成)から右中間へ二塁打を放つ。一塁の守備も動きは良く、ブランクを感じさせなかった。「この1年間やってきたことは間違いでも遠回りではなかった」と前を向いた佐伯だが、声がかからない場合は「一区切りをつけようと思う」と引退を示唆した。

 また2005年には里崎智也と併用でマスクを被り、ロッテの日本一に貢献した橋本将(元横浜)は第1回に続いてトライアウトに臨んだ。横浜を戦力外になった昨年は腰の手術を受けたため、2回とも不参加。今季は故郷の四国アイランドリーグPLusの愛媛マンダリンパイレーツでDHやキャッチャーとして63試合に出場し、打率.276、4本塁打、34打点の成績を残した。

 懸念されていた腰の状態も良好で、復帰に向けてアピールしたかったところだが、第1回目の仙台では快音が聞かれなかった。この日は3打席目にセンター前ヒット。最終5打席目はセンターへ大飛球を放ち、長打力があるところもみせた。トライアウト前から「もし、どこからも声がかからなかったら引退ということになるでしょう」と明かしており、後は天命を待つかたちになる。

 同じくアイランドリーグに在籍経験のある選手も今回は2名参加しており、千葉ロッテの育成選手だった生山裕人(元香川)は最終5打席目に変化球をとらえてライト前に運んだ。その後、すかさず盗塁も決め、俊足をアピール。「(無安打に終わった)第1回目に比べれば、自分らしいプレーができた。特に最後にヒットを打って盗塁が決められたので、前向きな気持ちでオファーを待てる」とスッキリした表情で話した。

 横浜DeNAを戦力外になった大原淳也(元香川)も第1回に引き続いての受験。こちらも仙台では無安打だったが、この日は2打席目に三塁方向へ芯でとらえたいい当たりを飛ばした。今季は2年目にして1軍デビューを果たしたものの、非情の通告を受け、「プロの世界は甘くなかった」と改めて厳しさを痛感した。ただ、2回のトライアウトを終え、「やりきった感じがある」と悔いはない様子だった。

 第1回目は投手36名、野手20名の計56選手がエントリーしたトライアウトだが、その後、NPBでの新天地が決まったのは星野智樹(埼玉西武→東北楽天)と松本幸大(千葉ロッテ→オリックス)の2名のみ。11月下旬にもなると、各球団とも来季の陣容はほぼ固まっており、その中に滑り込むのは決して容易ではない。そのせいか第1回に参加した多くの選手は第2回に姿を見せなかった。

 それでもわずかな望みをかけて16選手は精一杯、持てる力を出し尽くした。果たして、この日の天気のように晴れやかな姿で来季もNPBで現役を続けられる選手は現れるのか。それとも、冷たい風が吹き抜ける中、第2の人生を歩むことになるのか。これから1週間、獲得意思のある球団からの連絡を待つことになる。

(石田洋之)