キャンプインまであと3日、今季は3月にWBCが開催されるため、日本代表候補に選ばれた選手たちは、例年より早めの調整で2月1日に備えている。WBC3連覇に挑む侍ジャパンで山本浩二監督の参謀役を務めるのが、野手総合コーチの梨田昌孝だ。現役時代は近鉄のキャッチャーとして1979年、80年のリーグ連覇に貢献。監督となってからも近鉄と北海道日本ハムで、それぞれ優勝に導いている。長年の経験から培われた戦術眼は国際舞台でも大いに役立つことだろう。キャッチャーや指導者としての哲学を二宮清純が訊いた。
二宮: オフにはWBCの代表監督や阪神の監督就任の話が新聞紙面を賑わせていました。それだけ梨田さんの手腕が評価されていることの表れでしょう。
梨田: 全くそんな話はありませんでしたよ。僕自身、報道を知ってビックリしたくらい。待望論があったのかしらないけど、メディアが先走ったのでしょう。

二宮: 近鉄、日本ハムで指揮を執り、いずれも就任2年目でリーグ優勝を収めています。しかも、近鉄は“いてまえ打線”を前面に押し出した打力のチームをつくりあげ、日本ハムではダルビッシュ有(現レンジャーズ)を中心にした守りのチームを構築しました。まったくカラーの異なるチームで優勝したところに価値がある。
梨田: 確かに近鉄と日本ハムはまったく違うチームでしたね。やっぱり実際にプレーするのは選手だから、それに合った野球をやるべきでしょう。解説でネット裏から見ていると、チームづくりや作戦が選手の特徴を生かし切れていないなと感じることがあります。だから、近鉄ではバッターが揃っていたので打ち合いの野球をしましたし、日本ハムではピッチャーが良かったから、投手力をメインにチームを組み立てていきました。

二宮: 特に日本ハムの時は前年(07年)にリーグ優勝していました。米国人のトレイ・ヒルマン監督の後を受けてチームを率いるのは大変だったでしょう?
梨田: しかも、リーグ連覇でしたからね。私も近鉄時代に経験がありますが、連覇は本当に難しい。それだけに選手には満足感、達成感があるものです。どうしても気は緩むし、蓄積疲労もある。そんな中、チームをどうやって引っ張ればいいのか。とてもしんどい役回りになってしまったなとの思いでした。

二宮: それでも1年目はAクラス、2年目は優勝とチームが下降線をたどらなかった。梨田さんの下で安定した成績を収めたことが、栗山英樹監督が率いての昨季のリーグ優勝にもつながったのではないでしょうか。
梨田: それは私の力というよりも、稲葉(篤紀)の存在が大きかったですね。彼は選手としてはもちろん、人間的にも素晴らしい。選手の手本として、時にはコーチ以上の働きをしていると言っていいでしょう。ああいったチームの柱がいると、監督としては助かります。

二宮: 稲葉がいるからこそ、中田翔や若い選手も育ってくると?
梨田: そうです。若い選手にさりげなく、いろいろアドバイスをしていますからね。もちろんコーチも指導はしていますが、実際にプレーしている先輩から言われると説得力も違ってくる。中田は一昨年あたりから稲葉を慕って、一緒に練習するようになりましたが、選手としても人間としても大きく変わりましたよ。僕の監督時代の中田は2軍ではよく打っていたけど、守備は1軍レベルではなかった。それに考え方もまだ幼かったんです。そういう選手をいくら将来があるからといって1軍に置いていても、チームには悪影響を及ぼしてしまう。だから、敢えて僕は彼のことを突き放していたんですよ。

二宮: 今回、オリックスに移籍した糸井嘉男は身体能力の高さは素晴らしいものがあります。投手から外野手にコンバートされて、能力を発揮させるために、どのようなアプローチをしたのですか?
梨田: アイツにはだいぶ勉強させてもらいましたよ。いろいろ教えても「継続は力なり」とはいかないから……。どうやったら彼に、こちらの意図を伝えることができるか。心理学者になった気分でしたね(笑)。その意味では近鉄時代に2軍監督を経験したことが役立ちました。

二宮: 確かに2軍監督を経て、1軍で指揮を執り、成功するケースは最近も多いですね。福岡ソフトバンクの秋山幸二監督、西武の渡辺久信監督、東京ヤクルトの小川淳司監督がそうです。
梨田: 2軍には能力があっても、どこかが欠けていて1軍に上がれない選手がたくさんいます。サインをいくら教えても理解してくれない選手、性格や練習態度が悪い選手……そういう人間を試合の中で育てていくのが僕たちの仕事。だから、ものすごく根気がいります。でも、その経験が今の僕にとっては大きかったですね。

二宮: 近鉄で監督に就任した際には、前年が最下位でした。どん底からチームを立て直すのも困難な作業だったはずです。
梨田: 負けているチームの場合は、いい意味でむちゃくちゃやるんですよ。これ以上、失うものは何もないんだから、セオリーならバントの場面でもエンドランやバスターを仕掛ける。もちろん勝っていたり、接戦の時には手堅い作戦をとることも大事ですが、そればかりでは勝っているチームには太刀打ちできない。相手の意表を突くようなことをやっていかないと怖くも何ともないですよ。まずは「何するか分からんな」と相手に考えさせる。これが大事だと思います。

二宮: さてWBCも近づいてきましたが、代表の山本浩二監督は阿部慎之助(巨人)を文字どおり扇の要として起用する意向です。
梨田: 総合力で考えれば、現状で一番のキャッチャーは阿部でしょう。何しろバッティングが飛び抜けていますから。守りも入団した頃はキャッチングやリードに問題がありましたが いろいろと苦労する中で、うまくなっていったなと感じます。巨人や代表ではいいピッチャーがたくさんいますから、その点は助かっていると思いますよ。

二宮: 他に梨田さんの目で、評価できるキャッチャーは?
梨田: 今回の代表候補にも入っている炭谷銀仁朗(西武)ですね。ツル(鶴岡慎也、日本ハム)も良くなりました。彼は我慢ができるキャッチャー。いじられキャラでピッチャーに愛されるタイプというのもいいですね。ベンチにいると雰囲気が良くなる。

二宮: 「名捕手あるところに覇権あり」と言われるように、キャッチャーを育てて一人前にすることは、どのチームにとっても大きな課題です。梨田さんは、若いキャッチャーに対して、どのようなアドバイスをしていますか?
梨田: 僕はよく「絵を描け」と話をしていますね。キャンバスでも絵葉書でも何でもいいから、絵を描くといい。

二宮: それは一風変わったアドバイスですね。
梨田: 絵を描くと想像力が養われます。それに観察力も養われる。対象がしっかり見えないと絵は描けませんからね。たとえば湖の風景で波紋を描こうとすれば、ポンと石を放ったら、こんなかたちで広がるといったことをよく見ておかなくてはいけない。その上で、どう描けばいいのか想像を巡らせるんです。この作業は野球にも通じます。ピッチャーやバッター、試合の状況をよく観察して、ちょっとした変化を逃さない。そして「このボールを放らせたら、どうなるだろう」と考える。野球以外でもそういう訓練を重ねていくことが大切なんです。

<現在発売中の講談社『本』2月号でも、梨田さんとのインタビューが載っています。こちらもぜひご覧ください>