落語でいえば真打ちの後に二ツ目が登場するようなものか。V9巨人の3、4番はON、すなわち王貞治と長嶋茂雄。言ってみれば真打ち競演だ。
 2人の打席が終わった直後の球場には得も言われぬどよめきとざわめきが余韻としてわだかまっていた。そんな中で打席に向かう5番打者の心境はいかばかりだったか。一度、聞いてみたいと思っていた。
 V9巨人の5番バッターと言えば末次利光だ。入団した1965年にV9がスタートした。末次は入団4年目から1軍に定着し、やがて5番に座って随所でクラッチヒッターぶりを発揮した。

「一番、みじめだったのは、僕の前の王さんや長嶋さんがホームランを打ってランナーを一掃した直後の打席。スタンドの興奮が、なかなかおさまらない。そこで僕がショートゴロかセカンドゴロを打ったとする。もう何も反応がない。お客さんから相手にもされていない。これはつらかった……」

 ヤジが期待の裏返しなら、無視はハナッから期待されていない証拠。生体反応ゼロ。確かに野球選手にとって、これほどみじめなことはあるまい。「そのかわり、ON2人を塁に置いてホームランを打った時の喜び、これは最高でした。本塁に還ると、あの2人が僕を待ち受けているんですから。これは他のチーム、他の時代では経験できなかったことです」

 残念ながら、今のプロ野球界を見渡してみて、打ち終わった後にどよめきやざわめきが残るバッターは数える程だ。だからといって、悲観しているわけではない。個人的にはスターはつくられるものではなく、生まれるものだと思っている。

 そこで北海道日本ハムの大物ルーキー大谷翔平の話。投手か野手か。東北地区を担当していたスカウト数人から話を聞いたが、圧倒的に「打者で」との意見が多かった。中には「将来的には松井秀喜クラス」との声も。スラッガーとしては「20年にひとりの逸材」との評価も耳にした。

 もちろん最終的には本人が決断することだが、あのスケールの大きなバッティングには北海道を、いや日本中をどよめかせ、ざわめかせるだけの力がある。スタンドに描く放物線はプロ野球の華である。

<この原稿は13年1月30日付『スポーツニッポン』に掲載されています>
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