5月5日、筒香嘉智(横浜DeNA)が放った、今季横浜スタジアムでの第1号ホームランは、飛距離116メートル、打球射角35度、最高到達点33メートルだったそうだ。今季から球団が公表を開始した、「トラッキングシステム」のデータによるという。

 

 ははあ、そういう時代になりましたか。NHKのメジャーリーグ中継では、一塁に走者が出ると、一塁ベース付近の画面に3.08とか3.20なんて表示が出たりする。走者の離塁の距離だそうです。

 

 投手のボールについても、球速だけではなく、回転数までが表示される。

 世のデジタル化は、あらゆる社会現象に加速度的にくまなく浸透するのだなあ。当然、ベースボールにも。アナログおじさんとしては、もう少しゆったり(いい加減に?)過ごしたいと思ってみても、世間様が許してくれません(笑)。

 

 といいつつ、そういう科学的に厳密なアプローチでは、おそらくとうてい解明できない試合があった。試合というより事件と言ってもいい。

 

 5月6日の阪神―広島戦。この試合、広島は4回までに9-0と大量リードを奪う。誰が見ても、一方的な試合になるはずだった。ところがなんと終わってみたら、9-12と大逆転負けを喫したのである。

 

 コントロール不能な先発投手陣

 

 一体、何が起きたのか。

 広島の先発投手は2年目の岡田明丈。野村祐輔と並ぶ今季のエース格で、150キロを超えるストレートと、鋭いカットボールを武器とする。今季は二ケタ勝利が期待されている。

 5回裏に1点失って(本当はこのあたりから雲行きが怪しいのだが)、9-1で6回裏を迎える。

 

 まず、起きたことを順に書きますね。

 この回先頭の髙山俊に四球。北條史也の二塁打で無死二、三塁。糸井嘉男セカンドゴロで9-2。1死三塁。

 代打エリック・キャンベル三振。この場面で、6回裏2死三塁、9-2である。常識では勝負はついている。

 

 中谷将大、死球。2死一、三塁。

 鳥谷敬、一、二塁間への大きくはずむゴロ。一塁手堂林翔太が飛びつくも、グラブの先に当たって打球はセカンド方向へ。1点入って9-3。2死1、2塁。打ちとってはいるが飛んだコースがよかった。

 

 糸原健斗、ストレートの四球。2死満塁となった。

 梅野隆太郎、2-2からのフォークを捕手石原慶幸が後逸して1点追加。9-4。結局四球で再び2死満塁。

 

 ここで投手交代。2番手は中田廉だ。

 原口文仁、押し出し四球。9-5。

 気がつけば、満塁ホームランで同点のシーンになっていた。

 髙山、ライトオーバーの3点タイムリー三塁打。9-8。

 

 このあとは、リリーフ薮田和樹が抑えたが、もはや勢いが違う。7回以降、広島はあっさり大逆転されたのでした。

 

 たとえば中谷への死球だが、ストレートが右打者のインハイに大きく抜けている。狙ったインハイではなく、ボールがコントロールできなくなっている感じ。あるいは糸原の四球の4球目。ストレートが外角低めにはずれているのだが、球速表示は141キロ。岡田は、なぜか力が入らない感じになっている。

 

 もう一つ、このあとの伏線として、石原の後逸も覚えておいてほしい。

 

 その前に言っておきたいことがある。この試合の4回まで、阪神は弱いチームだった。

 4回表には、1死二塁で、丸佳浩の平凡な一塁へのゴロを一塁手・中谷がお手玉している。「おそまつ!」と思わずやじりたくなる。当たりは多少強かったし、ベース付近ですこし打球がはねたとは思う。でも、これで一、三塁になったばっかりに、続く鈴木誠也のタイムリーで5点目を献上しているのだ。

 

 きわめつきは5回表。1死一、三塁で安部友裕はライトへタイムリー。このあと、ライトの山なりの返球をセカンドが取れず、球は転々、マウンド付近へ。やらずもがなの点を献上して、この時点で8-0となった。

 

 こういうプレーが出るのは弱いチームでしょう。真に強いプロ野球のチームなら、ふたつともありえない。

 しかし、髙山のタイムリー三塁打が出た時点で、チームはいっきょに世紀の大逆転をする強いチームに変わったのである。こうなると、おそまつなプレーも出なくなる。科学的な根拠はないが、そういうものだ。

 

 ここで、話は前日に戻る。

 5月5日、阪神―広島3連戦の初戦は、ランディ・メッセンジャー対ルーキー加藤拓也の先発で始まった。

 

 ちなみにメッセンジャーは3、4月を4勝0敗で月間MVPに輝いている。

 この日も調子はよさそうで、これは1点取るのも苦労するな、という立ち上がりだった。

 

 ところが、広島打線が打ってみせるのである。ブラッド・エルドレッドの2発や売り出し中の西川龍馬のタイムリーで、なんと4回までに4-0とリード。これは、カープの強さは本物だな、と思い知らされるような展開だった。メッセンジャーも阪神ベンチもそう感じていたのではあるまいか。ここまでは、広島が盤石の強いチームで、阪神はメッセンジャーでも勝てないのか、という展開である。

 

 ゲームを逸脱したボール

 

 さて、始まりは4回裏である。

 加藤という投手は、150キロくらいのストレートとフォーク。このフォークが独特の落ち方をするのだが、一方で、四球が多いという弱点がある。

 

 4回は簡単に2死をとったあと、鳥谷に四球(フォークが浮いて落ちきらない)。糸原にもストレートの四球。

 

 2死一、二塁で打者梅野。

(1)外角低めストレート ストライク。

(2)プレートより2メートルくらい前にワンバウンドする暴投。ボール。

(3)ストレート こんどはインハイだが、顔の近くに抜ける。ボール。

(4)フォークが高めに抜け、梅野のグリップ直撃。ファウル。

(5)外角低めストレート 右前2点タイムリー。

 

 続くメッセンジャーは三振にとってチェンジとしたが、さらに5回裏。

 先頭は髙山。3-2から投げたフォークが大きく外れて、髙山の背中に命中した。

 

 北條三振、糸井はセカンドエラーのあと、福留孝介への2球目。フォークだと思うが、三塁方向に高く大きく大暴投して石原飛びつくも捕れず。結局、四球として、ここで投手交代。

 

 2番手は、この日も中田だった。中田は二連続三振を奪って切り抜けたが、もはや、続くライアン・ブレイシア、一岡竜司らの救援陣にもちこたえる力はなく、結局、5-8と逆転負けを喫することになる。

 つまり、この4回裏の過程で、広島は強いチームから一気に弱いチームに転落してしまったのだ。

 

 よりピンポイントに、その転換点はどこなのかと言えば、直接的な始まりは梅野への2球目の、プレートはるか手前に叩きつけた暴投だったと思う。ここで何かが決壊したのだ。そして髙山への死球、福留のときの大暴投。この3球は、もはや野球の範疇を逸脱したボールだった。投げる側も、まったく自分の意図とは違うボールが行ったにちがいない。完全にコントロールを失っている。加藤自身、何が何だかわからなかったのではあるまいか。

 

 やはり野球はゲームである。ゲームは両チームの暗黙の了解の上に成り立っているのであって、そこから逸脱するプレーはゲームを壊してしまう。

 

 これは、加藤の問題ではない。起用した監督、投手コーチの問題である。

 

 ここで6日の試合を思い出してほしい。

 7点差で2死三塁という状況からの大逆転の口火となったのは、中谷への死球であった。これも、インハイを狙ったのではなく、ボールのコントロールを完全に失ったような球筋だった。どこか、5日の髙山への死球とダブるのである。

 

 6日は、梅野のときに石原がフォークを後逸して4点目が入ったのも大きかった。これが、実は5日の4回裏、梅野への2球目で、プレート2メートル近く手前のワンバウンドを後逸してボールを追いかける石原の姿とダブるのだ。石原のキャッチングは現在の日本球界では絶品といってよく、6日のフォークの後逸は通常ありえない。なぜそれが起きたのかを説明しようとすると、5日の後逸が伏線になったと考えれば、納得がいく。5日と6日は、なぜか、シンクロしているのである。

 

 そういえば、明らかに今年の阪神打線を強力にした糸井が、なぜか2日ともセカンドゴロで凡打(5日はエラーで出塁)しているし、カギになったのは、いずれもなぜか梅野と髙山だった。

 

 このシンクロニシティは、6日の9点大逆転が突発的なものではなく、5日を伏線にしていることを示している。

 

 5月5日の4回裏まで、広島はまさに去年のチャンピオンらしい強いチームだった。しかし実は今年のチームは去年とは違う。まず、黒田博樹がいない。鈴木誠也が新4番をつとめる。新チームは、4回裏にいったん王者の位置から転落した。

 

 一方、糸井の加入で新たなチームになった阪神は、6日の6回裏に、弱いチームから強いチームに変貌した。

 

 5月5日と6日。この王座の交替劇は、二夜連続の劇として見なくてはならない。

 そして、劇の今後の展開は、まだまだ、誰にもわからない。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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