なんて底意地の悪いヤツなんだ、と思われるかもしれないが、開幕から4試合を消化した時点(4月4日)での筒香嘉智(横浜DeNA)の打率をご記憶だろうか。7分7厘。頭に「3割」はつかない。13打数1安打である(翌5日には2安打したし、こんな数字はどんどんあがっていくに決まっているが)。

 

 もう一つ、千賀滉大(福岡ソフトバンク)の今季初登板(4日、東北楽天戦)は、4回7失点と打ち込まれての敗戦投手である。

 

 WBCでは日本代表の投打の主軸となる大活躍をした2人が、ペナントレース開幕直後に、ここまでつまずくとは。シーズン前の3月に開催されるWBCにトップコンディションに合わせることの、難しさとリスクを象徴する出来事といえよう。

 

 “スネークする”打球

 

 WBCは準決勝敗退となったけれども、敗れたアメリカ戦は長く記憶に残る、印象的な試合だった。簡単に振り返っておこう。

 

 日本はアメリカ先発のタナー・ロアーク(ナショナルズ)のツーシームを打ちあぐねて4回零封を許す。 失点は4回表。1死から左打者クリスチャン・イエリッチ(マーリンズ)のセカンドゴロを、菊池涼介(広島)がまさかのエラー。ここから1失点。

 

 6回裏には、その菊池が2番手ネイト・ジョーンズ(ホワイトソックス)からソロホームランで同点。8回表1死一、三塁からサード・松田宣浩(ソフトバンク)が捕球をもたつく間にアメリカ追加点。1-2となり、日本代表はそのまま惜敗した。

 

 印象的なのは、なんといっても、まず4回の菊池のプレーだ。あれだけ超ファインプレーを連発していた菊池が、なんと正面のゴロをはじくとは。これについては、すでに数多くの解説がなされている。当日の悪天候で雨でぬれた芝。いち早く打球の正面に入って完璧な捕球態勢だったのに、打球は右足の外のほうへイレギュラーして抜けていった。「Number」誌によると、アメリカの芝は、「バウンドしたボールが、まるで蛇が這うように、右、左、右、左とジグザグにバウンドしてくる」という。それをイチローは「スネークしてくるから難しい」と言ったことがあるそうだ。(4月13日号「実現できなかった“鬼門”」石田雄太)

 

 事実、ほんの一瞬だが、菊池が守備位置に戻る際に、右手を左右に振る仕草をしている姿を、テレビカメラは捉えていた。

 

 日米のストレートの違い

 

 ところで、試合後の会見で、小久保裕紀監督は、こう述べた。

「(日本代表の)あれだけの選手たちが芯で捉えられない。動くボール、威力がワンランク上。フォーシーム主体のリーグでプレーしている。どこで訓練すれば? となる」(「日刊スポーツ」3月23日付)

 

 同様のことを、たとえば中田翔(北海道日本ハム)は「あそこまで動くボールを投げる投手は日本にはいない」とコメントしているし、山田哲人(東京ヤクルト)は「打撃フォームを変えないといけないかも」と首をかしげた(「朝日新聞」3月24日付)という。

 

 要するに、先発したロアークのツーシームの動きが大きくて、対応できなかった、ということだ。

 

 とくに、小久保監督の場合は、「どこで訓練すれば? となる」とまで踏み込んでいるので、今後の日本代表のあり方への提言という意味合いをこめての発言だろう。

 

 ただ、少し違和感がある。ロアークのツーシームは確かに大きく動いたかもしれない。しかし、日本を「フォーシーム主体のリーグ」と断言できるのだろうか。

 

 たしかに「フォーシームのきれいな、伸びのあるストレート」が日本野球の美点ではあるだろう。しかし、日本野球は鎖国しているわけではない。それどころか、日本代表を常設化して、国際試合の経験をふやそうとしてきたのではなかったのか。

 

 黒田博樹が大きな旋風を巻き起こして復帰して、すでに2シーズンがすぎた。彼はまさに現役メジャーリーガーとして、ツーシームを日本野球に伝えたのではなかったか。象徴的には、昨年の日本シリーズで、黒田の現役最後の相手打者となった大谷翔平(日本ハム)に、その球筋を見せたことが、話題になったではないか。

 

 オフのテレビ番組で、大谷は、事故死したホセ・ヘルナンデス(元マーリンズ)のファンだったことを明かした上で、その理由をこう説明した。「スライダーがすごい好きなので。変化量が、キュッとかじゃなくて、スピードはあるんですけど曲がり幅がすごい」(NHK「大谷翔平が語る優勝への15球」1月28日放映)

 つまり、彼の中ではすでに、速くて大きく動くボールという文化は浸透しているのである。

 

 動くボールに対応できた者とできなかった者

 

 ある疑念が振り払えない。まず、ロアークを打てなかったことが本当に敗因なのか。彼はなんと所属チームからの要請で球数制限50球だった。だから4回で降板している。5回からでてきたリリーフ陣はみんなやや変則的なフォームをしている。むしろ、そういうジム・リーランド監督の戦略に負けたのではないか。

 

 それから、今回、日本代表は4年かけて準備をしてきた。メジャーの投手がツーシームを投げることはわかりきっているのだから、「訓練の場」を考えることはできたのではないか。そのようなことを可能にするための日本代表常設化ではないのか。4年前のWBCのときに、すでに佐々木主浩さんがアメリカは動くボールが主流なので内川聖一や井端弘和のようなポイントを近くして打つ打者が適していると指摘していた。何のための4年間だったのか。

 

 そう考えると、とりあげておきたい場面がある。

 6回裏、アメリカの投手ジョーンズは、足を上げると同時に右腕がすでにトップの位置にくるような変則フォームの速球派である。むしろツーシームはロアークよりも大きいのではないか。

 

 先頭は1番山田哲人。

(1)インハイ ツーシーム のけぞってよける

(2)インハイ ツーシーム 空振り

(3)インハイ スライダー すっぽ抜け

(4)アウトロー ストレート ファウル

(5)アウトロー スライダー 空振り三振

 

 続く2番は菊池涼介。

(1)アウトロー ツーシーム ストライク

(2)アウトロー スライダー ボール

(3)真ん中 スライダー ファウル

(4)インハイ ツーシーム ファウル(159キロ)

(5)アウトロー ストレート 右へホームラン

 

 象徴的に言えることがある。山田は2球目のツーシームを空振りし、菊池は4球目の同じインハイのツーシームをファウルしたことである。

 

 ご承知のように山田は左足を大きく上げる。上げて弧を描くようにして着地させて打つ。このとき、体の左足以外の部分、すなわち右半身がピタッと止まって微動だにしないから、彼にはトリプルスリーも可能なのだと論じてきた。

 

 菊池も左足を上げる。上げて前に蹴るような動作を入れてから打つ。山田の弧にしても菊池の蹴る動きにしても、一拍の間になる。間は、日本野球どころか日本文化の特徴かも知れない。しかしながら、菊池はこの打席では、いつもと足を上げるテンポが違うのだ。スッと上げてスッと着地して、鋭くバットを振っている。間といえる時間は消えている。だから159キロのツーシームにもついていけた。

 

 いつもの日本野球(フォーシーム主体のリーグと言っておこう)での打ち方を変えなかった山田と、変えて対応した菊池の違いが三振とホームランという結果になって表れたと見る。

 

 こうしてみると、素直に「大きく動くボール」に脱帽した中田も大きく足を上げてタイミングを測る打法だ。坂本勇人(巨人)もそう分類できるかもしれない。

 

 押し込めなかった筒香の一打

 

 しかし、日本野球誰もがそうなのではない。

 たとえば、鈴木誠也(広島)は自然にスッと上げてスッと下ろす。なによりも4番筒香が、小さくスッと上げて、自然に着地する。

 

 アメリカ戦で、もう一つ忘れられないシーンの主役が、その筒香である。

 

 1点リードを許して迎えた8回裏、2死一、二塁のチャンスで打席が回ってきた。ここでリーランド監督は、右横手の変則投手パット・ニシェック(フィリーズ)を起用する。左打者に右横手、ないし下手投げというのは、日本では常識はずれだ。

 

 チェンジアップ、ストレート、ストレートときてカウント1-2。

 4球目のチェンジアップを筒香は、捉えたかに見えた。逆転3ラン! と思いきや打球はライトの守備位置に落ちてきた。万事休す。

 

 彼はこれを「僕の技術不足」とコメントしている。

 

 ほぼ真芯に見えたのに、なぜ入らなかったのか(大きく動くツーシームではなく左打者の肩口から逃げて落ちるチェンジアップである。念のため)。

 

 たとえば、元WBC日本代表の渡辺俊介さんは「WBC球はボールが硬くて、表面が滑る皮なので、バットは吸い付かない。(略)アメリカのボールは強く押し込まないといけません」(「スポーツナビ」3月22日配信)と言っている。

 

 たぶん、正鵠を射ているのであろう。ただし菊池が押しこめたのも事実である。この試合、アメリカにホームランは出ていない。

 

 どういう技術不足なのか、私にはわからない。ただ、強いていえば、真芯の位置だが、少しだけバットがボールの下に入りすぎたように見えた。だから菊池のようには押し込み切れなかった。

 

 忘れてはいけないのは、リーランド監督の投手起用である。日本の打者の特徴を分析した上で、意識的にツーシーム投手と変則投手をぶつけてきたのだ。筒香の紙一重のずれも、変則フォームが効いているにちがいない。やはり、日本は相手監督の老獪さに負けた、というのが事の本質である。

 

 ただし、この日の菊池、筒香の打法こそが、今後、メジャーの動くボールにも対応する王道なのだと言っておきたい。

 

 高校野球にも伝播しているツーシーム

 

 ここでいったん話題を変える。センバツ高校野球で、見ていて楽しくなる投手をみつけた。

 福岡大大濠のエース・三浦銀二投手である。2回戦の滋賀学園戦が延長15回引き分け再試合となったため、再試合と1回戦(創志学園)合わせて3試合475球を投げることになった。そのため、報徳学園との準々決勝では監督が登板を回避させたあの投手である。

 

 なにしろフォームがきれいでコントロールがいい。それよりなにより、「投球」に対する発想が豊かだ。一例として3月28日の再試合をあげてみる。前々日に196球を完投したあとで、この日はゆるい変化球を多用していた。5-3とリードして迎えた8回表。先頭にヒットを打たれ、無死一塁で、迎えるのは4番打者・武井琉之(右打者)。ここからの投球を書き出してみる。

 

(1)外角高め スライダー ファウル

(2)外角高め スライダー ストライク(見逃し)

(3)外角低め ツーシーム ストライク(見逃し三振)

 

 3球目は、外角へ大きくはずれたボールのゾーンから、シュートしてストライクゾーンにくいこんできて、外角低めいっぱいに見事に決まった。

 

 まさに大きく動くツーシーム。そして、かの黒田博樹が復帰後、日本中に広めて有名になったいわゆるバックドアである。

 

 4番打者への3球目のツーシームがあまりに鮮やかだったのでとりあげたが、右打者には基本的にはインハイ、インローを直球系でビシビシ攻めておいて、外角のスライダーで打ちとる。左打者には、外角に変化球を配したかと思うと、一転、インハイを突く。内外角、高低を攻める、いわば“投球の構想力”が他チームのエースとは一線を画していた。

 

 ただ、指摘しておきたいのは、この投球の発想は、ツーシームを主体とする動くボールで打者のインコースを攻め、アウトコースで打ちとるスタイルを2年にわたり見せ続けた黒田の投球と、明確に影響関係があるということだ。すなわち高校野球にも、メジャー流の発想は伝播しつつあるのである。

 

 小久保監督のコメントへの違和感は、ここにある。

 

 たしかに、日本野球は「フォーシーム主体」かもしれない。しかし、高校野球まで含めて、すでにツーシームの野球も浸透してきている。それもまた、グローバルな時代の現実である。

 

 だとすれば、あの筒香の未完のホームランがホームランになる方向に、あとわずかだけボールを押し込める技術に、日本野球全体が動いていくことを期待したいものだ。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


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