田口竜二(元プロ野球選手、(株)白寿生科学研究所人材開拓課長)第31回「BCリーグ渡辺監督に見る、理想の指導者像」
つい先日シーズンが始まったと思っていたら、あっと言う間に交流戦に突入しました。みなさんの応援しているチームの状況はいかがですか? 例年、パ・リーグの圧勝に終わることが多い交流戦ですが、今年はセ・リーグに意地を見せてほしいところですね。
さてみなさんは「ゴーレム効果」という言葉をご存知でしょうか? 子供たちを指導している方々からは「そんなのは知っていて当たり前だよ」とお叱りの声が聞こえてきそうですが、案外知らない方が多いので改めて説明しておきましょう。「ゴーレム効果」のゴーレムとはヘブライ語でユダヤ教の伝説に登場する意思を持たない泥人形のことです。呪文を唱えると動き出しますが、額の護符の文字を一字取り去ることで土に戻るという話からきています。
では「ゴーレム効果」とは何か。簡単に説明すると「人に対し悪い印象を持ちながら接することで、良い印象を打ち消してしまい、その影響で悪い印象が勝り、実際悪い人になってしまうこと」を言います。
野球指導を例にとって説明しましょう。指導者が選手と接するときに「このチームの選手はレベルが低く、教えてもうまくならないし勝てないだろうな」と思いながら、期待度の低い状態で接すると、その通りに選手たちのレベルは上がらず、試合にも勝てないことがあるということです。プロ野球でも試合後に負けたチームの首脳陣が選手に対し辛辣なコメントを繰り返しているのをよく耳にします。そういうチームは大概、下位に低迷しているものです。
今回、どうして「ゴーレム効果」について書いたのか。その理由は野球関係の友人からこう言われたからです。「田口さん、多くの指導者はなぜ選手の事を認めてあげないのでしょうか?」。その友人に詳しく聞いてみると、「何人もの指導者にチームの状況を聞くとほとんどの人が”ウチの選手はダメだね””気持ちが入ってない”から始まって、ひどい人になると”レベルが低すぎて使えないし勝てない”とマイナスなことしか言わないんですよね」と教えてくれました。
確かに自分も多くの指導者の方々と話をしますが、そういうマイナスなコメントが多く、首を傾げてしまうことが多々あります。そしてそんな発言をしている指導者のいるチームのほとんどが弱く、勝てないチームになり、選手たちも大好きな野球のはずなのに全く楽しんでプレーをしていません。「彼らはやれる」と信じるだけでも雰囲気は変わると思いますが、他人を認めることができない指導者が多いんでしょうね……。
選手目線で考えられる監督
ただ、指導者の中にも素晴らしい方もたくさんいます。今回、その1人を紹介しましょう。BCリーグ石川ミリオンスターズの渡辺正人監督です。彼は上宮高校からロッテにドラフト1位指名され、ロッテに15年間在籍しました。退団後はBCリーグの信濃グランセローズで選手とコーチ、そして石川ミリオンスターズのコーチを経て、昨年から監督になった人物です。年齢はまだ38歳と若いのですが、常に選手目線で物事を考えることができる、数少ない監督です。
ミリオンスターズは昨シーズン、前後期ともに優勝を飾りましたが、今シーズンは残念ながらダントツの最下位に低迷しています。そんな現状ですが彼は、「田口さん、今は負けてますが、ようやく選手たちは試合に慣れてきて、徐々に実力を出し始めています。これからですよ。彼らの持ってるポテンシャルを自分がうまく引き出せれば、後期は優勝争いをしていると思います。楽しみにしていてくださね」と熱く語ってくれました。
「チーム低迷は全部選手のせい」ではなく、成績は悪くても選手のことを認めて、信じている監督の話を聞けて正直嬉しくなりました。
もうひとつ渡辺監督がすごいのは、誰に対しても謙虚で、私のようなプロで活躍をしていない人間に対しても質問をしてくるということです。例をあげれば「選手のモチベーションを上げるにどうすればいいですか?」と聞かれたこともあるし、「監督として何を学ぶといいんでしょうか」や「自分が今考えてやっていることをどう思いますか」など、質問だけでなく意見やアドバイスを求められることもありました。
渡辺監督はこのままいけば数年後にはNPBの指導者になっていると思います。そして、これまでにいないタイプの指導者として名声を得ることは間違いないのではと感じています。今から「渡辺正人監督」の名前を憶えておいてくださいね。
それにしても「ゴーレム効果」の話に戻せば、平気で選手批判をする指導者がいるのが残念でなりません。「技術指導だけが指導者の仕事」と思っている日本の野球界では仕方ないことなのかもしれません。でもいつの日か野球界に変革のときが来ることを願いつつ、今回の話を締めさせていただきます。