サンフレッチェ広島のサッカーが好きだった。特に日本一に輝き、クラブワールドカップで準決勝まで勝ち進み、あのリバープレートに0-1で惜敗した2015年のサンフレッチェが……。この年は、森保一監督(当時)の思想がフィールド全体に表現されているような、鮮やかなサッカーだった。

 

 自陣から細かくボールをつないで、ゆっくりビルドアップをする。と思いきや一発で前線に送って、FWドウグラスが反応する。ドウグラスがだめなら、快足FW・浅野琢磨が相手ディフェンダーをスピードで置き去りにしてゴール。

 

 堅守速攻。試合ごとに見惚れていた。

 

 ところが、盛者必衰、今季は大きくつまずいて、2勝11敗4分け(7月5日現在)。降格圏内に沈んで、ついに森保監督の辞任が発表された。

 

 あれだけ見事なサッカーを構築した名監督なのに、それが崩れるのに半年もかからない。世は無常である。もちろん、ドウグラス、ピーター・ウタカ、佐藤寿人、浅野ら優れたFWが相次いで移籍したという、資金力に限りのあるクラブゆえの理由も大きい。

 

 個人的には、DF佐々木翔の相次ぐケガによる離脱(2016年4試合、2017年出場なし)が痛かったと思う。守備固めに出るような地味な選手だが、彼の厳しい守備と反転攻勢は、2015年には、森保監督の戦略をフィールドで表現するための、大きなポイントとなっていた。

 

 思わず、ここまでサッカーの話をしてきましたが、本来のプロ野球の話題に移りましょう。

 サンフレッチェはここ5年で3度の優勝を飾ったが、プロ野球の世界でそれと同等あるいはそれ以上の常勝ぶりを示しているのが、福岡ソフトバンクだ。今年も当然優勝かと思いきや、開幕してみると、なんと東北楽天が首位を快走した。

 

 今季の楽天打線の象徴は、2番のカルロス・ペゲーロである。2番打者の常識的なイメージとはまるで異なる巨漢の左打者が、バントなんか100%しない、といわんばかりにホームランを量産する。打線に関しては、「2番打者最強説」という、根強い伝説があるが、梨田昌孝監督の、この説に乗ったような采配が的中した。

 

 6月30日からのソフトバンク-楽天の首位攻防3連戦は、実に面白かった。それはスコアを見ただけでもわかる。

 

6月30日 4-3

7月1日 9-10

7月2日 4-5

 

 ごらんのとおり、すべて1点差である。ソフトバンクがかろうじて勝ち越した。この勝ち越しのおかげで、ソフトバンクは2位ながら、ゲーム差は逆に-0.5差と、事実上、首位に並んだ。

 

 投手らしさが垣間見えるモイネロ

 

 今年、もしソフトバンクが優勝すれば、7月2日の勝利は、いわばペナントレースを決定づけた分水嶺の試合と言える。

 

 この試合、ポイントは2つあった。

 1つ目は、楽天3-1とリードして迎えた7回裏である。楽天は2死三塁で今季躍進の象徴、2番ペゲーロに打順が回った。

 

 ここでソフトバンクは左腕リバン・モイネロを投入。

 ちなみにモイネロはキューバ出身の21歳。このほど育成から支配下登録になった期待の若手だ。細身ながら角度ある速球を投げる。こういう選手にまで声を掛けるのも、常勝軍団のフロント力と言うべきだろう。

 

 そして、捕手は甲斐拓也。4年目の今季、ほぼ先発で起用されるようになった若手である。170センチの小柄ながら、動きが鋭く、肩が強い。二塁送球は強肩で鳴る巨人・小林誠司より、私は甲斐のほうが好きだ。単に強いだけでなく、コントロールがすばらしい。達川光男ヘッドコーチ好みの、小柄で俊敏な正捕手候補である。

 

 さて、モイネロvs.ペゲーロ。ここで追加点が入れば、ほぼ楽天の勝ちだろう。

 

(1)外角低め ストレート ボール

 このとき気になるのは、甲斐が外角低め、完全なボールゾーンに構えていることだ。敬遠はありえないケースだから「絶対に甘くならないように」という意図だろう。しかし、初球からはっきりストライクゾーンをはずれたところに構えられるのは、投手としてはいやなものである。

 

(2)外角低め スライダー ファウル

 サインが合わない。やっと決まったかと思ったらいきなり甲斐が立ちあがって、やり直したりしていた。

 

(3)インコース寄りのチェンジアップ(シンカー?) 空振り

 モイネロ、2度3度と首を振る。苦笑いしてプレートを外すと、甲斐がミットでモイネロを指すような仕種。もう好きなボールを投げてこいという態度に見えた。ストレートとスライダーの投手という印象があるので、打者からすれば、これは意表をついたボールだった。

 

(4)外角低めいっぱい ストレート ストライク見逃し三振!

 モイネロ、再び2度3度首を振る。甲斐は再び、外角に大きくコースをはずれたところに構えていた。

 

 こうして楽天のポイントとなるペゲーロを打ち取ったのである。

 ちなみに、モイネロはこう言っている。

「相手は変化球を待っている感じだったので直球でいった」(『日刊スポーツ』7月3日付)

 

 これでわかるのは、モイネロが捕手のリードに従うのではなく、自分の投げたいボールを貫いたことである。

 

 誤解しないでいただきたいが、ここで甲斐を批判したいわけではない。仮に選択肢がストレートかスライダーだったとして、スライダーでも打ち取れたかもしれない。

 

 ただ捕手よりも自分を信じるという、モイネロのいかにも投手らしい生き方が、ピンチをしのいだ、ということである。

 

 技術で誘導した中村の勝利

 

 さて、この試合のもう1つのポイントは8回表である。

 ソフトバンク打線は、ようやく楽天先発・岸孝之をとらえて、2-3と1点差に迫り、なお1死一、二塁。ここで楽天ベンチも勝負に出て、なんとクローザー松井裕樹を投入。

 

 ところがアルフレド・デスパイネのサードゴロをゼラス・ウィーラーがエラーして、1死満塁。続く松田宣浩は初球を叩いてライト前タイムリー。

 

 あっという間に3-3の同点となって、なお1死満塁。

 次打者は中村晃。松井とは左対左の対決となる。仮にここを抑えれば、チームの勢いからいって、おそらくその裏、楽天は再び勝ち越しただろう(現に1点は取っている)。打たれれば、そのまま逃げ切られてしまう。ついにゲーム差なしで首位に並ばれる。いわばペナントレースの行方を左右する打席だった。

 

(1)真ん中高め チェンジアップ ファウル

(2)外角低め ストレート ストライク

(3)外角低め ストレート ボール

(4)やや内角低め スライダー ボール

(5)内角高め チェンジアップ ファウル

(6)外角やや高め ストレート146キロ センター前タイムリー

 

 6球目は、捕手・嶋基宏が外角低めに構えていた。構えはややボールゾーンだが、甲斐ほど極端には外れていない。松井の外角低めを狙ったストレートが高めに入った。中村はこの失投をものの見事に打ち返したのである。1球目と5球目のチェンジアップをファウルにし、4球目のスライダーは完全に見切っていた。もう外角ストレートしかない、という状況に、技術で誘導した打者の勝利といってよい。

 

 中村は、ご承知のように、オープンスタンスに構えて、右足を大きく上げ、タイミングをとってスイングする打者である。動きが大きいだけ、速いストレートには詰まりやすいのではないか、とつい思ってしまう。

 

 ところが、彼は速い球にめっぽう強い。去年、絶好調だった大谷翔平(日本ハム)の160キロに迫る速球を、もっとも自然に打ち返せた打者は、中村だと思う。

 

 彼を見ていると、足を大きく上げる日本の打法だと、メジャーの速くて動くボールは打てない、という今春のWBC後によく行われた言説も、必ずしも妥当とは言えないような気がしてくる。

 

 ソフトバンクとサンフレッチェの違い

 

 それにしても、大谷は大丈夫なのだろうか。一軍復帰して初ヒット(右翼フェンス直撃の二塁打)を打ったときの記事に、こうある。「一塁までは7割程度で走り、一塁ベースを蹴った後はさらにスピードを落として二塁に到達した」(「日刊スポーツ」7月4日)

 

 うーん。

「こんな中途半端なことをしていたら、次は肩かヒジを痛めますよ。しっかり治さなきゃ」と喝破した張本勲さん(TBS系「サンデーモーニング」7月2日放送)に同意したくなる。

 

 思うに大谷は、このオフ、ポスティングでメジャー移籍するというのが、あまりに既成事実になりすぎているのではあるまいか。

 

 かの黒田博樹氏は、あの巨大横断幕に象徴されるファンの気持ちと自分の人生で悩んだ末、メジャー移籍を1年延期する決断をした。結果として、それが彼をきわめて魅力的な野球選手に成長させた。

 

 大谷も、もう少し治療に専念して、来年、もう1年だけ、絶好調の二刀流を日本球界に披露してからメジャーに渡っても遅くはないのではないか。

 

 今回の故障は、日本ハム球団にも、彼の人生の予定表にも入っていなかったことだろう。それならば、ここで予定表を変更する勇気を持ってもいいのではないか。

 

 話が横道にそれました。首位攻防3連戦に戻る。

 結論を言えば、松井裕樹のチェンジアップとスライダーに対応し切った中村の技術と、モイネロの投手としての精神が、ソフトバンクを今年の優勝に大きく近づけたことになる。

 

 サンフレッチェとソフトバンクの最大の違いは、球団としての資金力の差だろう。

 

 サンフレッチェは、森保監督のある種カリスマ的な指導力が、選手全体の能力を引き上げて、勝った。ソフトバンクはむしろ球団組織の力で選手を発掘し、育成し、それを監督がうまく采配して勝ち続ける。

 

 発掘したのはモイネロだけではない。いまやエース格の千賀滉大は、愛知の無名校の投手を育成で指名して育て上げた。中村だって、帝京高校の時には、日本を代表する左打者に成長するとは(少なくとも私は)思わなかった。それがなぜ? と問えば、やはり組織の力というか、常勝チームという環境が、才能を生み出し続けているのだ。

 

 サンフレッチェはあくまで属人的である。森保監督の前任・ペトロビッチ監督も独特の個性と戦略でチームを引っ張った。しかし、凡庸な監督の時期には、実に退屈なチームに堕してしまう。資金力がなければ、そういうリスクも負わざるをえないだろう。

 

 これは、どっちが優れているか、という問題ではない。あなたはどちらが好きか。いわば、見る側の生き方の問題である。

 

上田哲之(うえだてつゆき)プロフィール

1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。


◎バックナンバーはこちらから