5回表が終わった時点で9対0。ところが試合終了時のスコアは9対12。広島が阪神に9点差をひっくり返されたのは5月6日のことだ。なお9点差の逆転負けは球団史上ワーストタイのおまけ付きだった。

 

 カープOBの高橋慶彦は「優勝するチームは、ああいうことは絶対にない」と語っていた。いくら実質的なチームの中心である菊池涼介を欠いた試合だったとはいえ……。37年ぶりのリーグ連覇への道のりは容易ではないと思い知らされたものだ。

 

 ところが、である。7月19日現在、カープは2位・阪神に9ゲーム差をつけ、首位を独走している。早ければ7月中にもマジックナンバーが点灯しそうな雲行き。セ・リーグの他球団からはギブアップ宣言にも等しい「ストップ・ザ・カープ」の声が聞かれる。

 

 今にして思えば“ゴールデンウィークの惨事”は連覇を狙うチームにとって“良薬”だったのではないか。良薬は口に苦し、である。

 

 それを象徴するようなシーンがあった。19日、甲子園での阪神戦。9対3と6点リードの8回表、四球で出塁した丸佳浩が二盗を決めた。6点のリードがありながらの盗塁。米国なら物議をかもしかねないシーンだった。

 

 直後に鈴木誠也のタイムリーヒットが飛び出し、丸は10点目のホームを踏んだ。二盗が生きたのだ。絶命寸前のトラに、とどめの一刺し――。私の目にはそう映った。

 

 なぜ、勝利を九分九厘手中に収めながら丸は走ったのか。おそらく丸、いや選手全体に9点差をひっくり返された記憶がまだ生々しく残っているからではないか。勝負はゲタを履くまでわからない。取れるうちに取っておけ――。丸の二盗からは、そんな切迫した思いが見てとれた。

 

 9点差をひっくり返された時には「今年のカープはどうなるのか……」とやきもきしたものだが、この屈辱がチームにもたらした危機意識は生半可なものではなかったようだ。その意味では“価値ある大逆転負け”だったと言えなくもない。

 

(このコーナーは二宮清純が第1、3週木曜、書籍編集者・上田哲之さんは第2週木曜を担当します)


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